M-103


合唱コンクールの審査員室を覗く

 
─ ヴィヴコンが金賞となったワケ ─


加 藤 良 一    2011年9月24日





 男声合唱団Vive la Compagnie(ヴィヴ・ラ・コンパニー)略してヴィヴコンが、2011年度全日本合唱コンクール埼玉県大会の〔一般の部:Bグループ〕で金賞を獲りました。Bグループとは人数が33人以上の団体を指します。ちなみにAグループは32人以下です。B部門には20団体が参加し、上位5団体が金賞となり、次の関東大会へ推薦されました。
 このコンクールは5人の審査員によって審査し順位を決定しますが、どのような仕組みで審査が行われているかご存知でしょうか。全日本合唱連盟では、「新増沢方式」という順位決定方式を採用しています。これは音楽評論家・増沢健美氏の考案したもので、現在はその改良型となっています。新増沢方式は「多数決」の原則に基づいていて、団体と団体を11で比較しながら過半数を獲得したほうを上位として、順次決めていくやり方です。

 コンクールでどんな順位がつくかは参加者にとって大変気になるものですが、では一般に審査はいったいどんな方法で行われているのでしょうか。
 たとえば、ピアニストの中村紘子さんによれば、世に名高いピアニストの登竜門チャイコフスキー・コンクールでは25点満点で5段階くらいに分けて採点し、同点の場合は審査員の協議によって決めるようです。体操やフィギュアスケートなどの採点競技とほぼ同じやり方と考えてよいかもしれません。これは絶対評価です。ですから良い点がつかなければ1位に相応しくないとされ、1位なしの2位ということもよくあります。
 全日本吹奏楽コンクールでは、5人の審査員により、「技術」と「表現」についてそれぞれ5段階で評価し、金・銀・銅の3グループに分けます。グループ分けが困難な場合は金・銀・銅の比率を3:4:3とします。
 また、NHk全国学校音楽コンクールの審査基準を見てみますと、審査員が全出場校に順位をつけて評価しますので、原則「多数決」です。演奏技術など特定の要素だけでなく総合的に評価し、課題曲と自由曲の評価比率は1:1、自由曲については選曲面も考慮すると規定されています。この方法は相対評価ですので、演奏レベルにかかわりなく、かならず1位以下すべての順位を決めます。余談ですが、NHk全国学校音楽コンクールは「学校音楽」としていますが、内容は「合唱」です。

 さて、全日本合唱連盟の審査基準新増沢方式」について、もう少し詳しくみてみますと次のように規定されています。


 「点数」ではなく「順位付け」をしますので、相対評価です。「演奏全体を総体的に判断」しますので、審査員によって大きくばらつくことが十分にあり得ます。「順位の上下関係に基づく多数決を(擬似的に)繰り返し」とはのちほど具体的に説明します。そして「順位差の開きは重要視されない」ので、1位が断トツで2位以下と大きな開きがあってもまったく考慮しません。
 「新増沢方式」は、多数決で決めますので、同点が生じないよう審査員は必ず奇数とします。各審査員は、全参加団体について最優秀と思われる1位から順に順番を決めます。その順位表は審査終了後に一括して作成し、採点係に提出します。
 1位をどの団体にするか審査員間で協議することも可能ですが、それでは相当の時間を要してしまうこと、また協議のなかで他の審査員に影響を与えたり他の審査員から影響を受けたりしないため、また、公平性や開かれた審査という観点からも、各審査員がどのように順位付けを行ったかを記録に残し公開する、などの理由で一括して順位表を作成する方式がとられています。
 あとの説明でご理解頂けると思いますが、この審査集計を手作業でやっていたのではとんでもなく大変なので、いまでは札幌藻岩高校の菅原先生が作製した「ガウス君」というソフトを利用しています。

 では、「新増沢方式」を具体的に見てみましょう。
 例として、201194日に行われた全日本合唱コンクール埼玉県大会で我が男声合唱団Vive la Compagnieが〔一般の部 Bグループ〕で金賞を獲ったときの集計過程を取り上げてみます。今回は20団体が出場しましたが、分かりやすくするために15位以下を割愛して表示しています。
 
 審査の結果は以下の通りでした。審査員は、とにかく1位から20位までの順位をつけます。これは絶対評価ではなくあくまでも相対評価となります。これが「新増沢方式」の特徴です。

   <審査結果>表1

順位

片野秀俊
(指揮者)

須藤礼子
(指揮者)

粕谷宏美
(指揮者)

江上孝則
(指揮者)

保延裕史
(評論家)

1

ヴェール

amore

Wings

Relax

ヴェール

2

amore

ヴェール

La Mer

Wings

La Mer

3

Relax

Wings

amore

detre

Vive

4

La Mer

川越牧声会

detre

La Mer

川越牧声会

5

川越牧声会

ピエロ

ヴェール

ピエロ

ラ・シレーヌ

6

Vive

La Mer

Vive

ヴェール

Wings

7

所沢メンネル

あべ犬東

川越牧声会

amore

はるか

8

detre

浦和混声

ピエロ

Vive

amore

9

悠はるか

Vive

浦和混声

川越牧声会

Relax

10

ピエロ

Relax

Relax

Kraut

Croce

11

浦和混声

獅子

あべ犬東

悠はるか

デイジー

12

Wings

デイジー

悠はるか

獅子

浦和混声

13

Kraut

ラ・シレーヌ

Kraut

Croce

あべ犬東

14

名前のない

detre

メンネル

ラ・シレーヌ

Kraut


正式な団体名はつぎの通りです。ヴェール:クール・ヴァン・ヴェール、Amore:合唱団amoreViveVive la Compagnie、川越牧声会:混声合唱団川越牧声会、RelaxParadise RelaxdetreRaison detre、ピエロ:小松原OB合唱団「ピエロ」、浦和混声:浦和混声合唱団、あべ犬東:合唱団「あべ犬東」、悠はるか:女声合唱団悠はるか、所沢メンネル:所沢メンネルコール、獅子:混声合唱団獅子、デイジー:コーラル・デイジー、Kraut:Chor Kraut、Croce:T-Croce、名前のない:名前のない合唱団


 
さて、上の審査結果を見ていかがでしょうか。けっこうバラツキがあってどう順位をつけたらよいか迷いませんか。これが相対評価のむずかしいい面でもあります。では、新増沢方式」に従って集計してみましょう。けっこうややこしいです。

◆第1位の選出

  1. 多数決です。過半数の3票を得て文句なくトップになる団体はありませんでした。
  2. そこで上位2団体で過半数(5票)を得る団体を選出し「決選投票」をします。ヴェール:2ですが、amore1Wings1Relax:1は各1で横並びです。この4団体で計5票ですのでこれが対象となりました。
  3. 最も得票数の多いヴェールを便宜的に〔親〕とします。amoreWingsRelaxはそれぞれを〔子〕とします。
  4. 11の対戦が基本ですから、まず〔親〕と対戦する〔子〕の代表選出を行います。そのためにamoreWingsRelaxの中の最も上位はどこかをリーグ戦で対戦成績を集計します。審査員ごとの順位は下の表のようになりました。カッコ内の数字は審査員がつけた順位です。


   <表1より抽出した3団体の順位>表2

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

上位

amore(2)

amore(1)

Wings(1)

Relax(1)

Wings(6)

中位

Relax(3)

Wings(3)

amore(3)

Wings(2)

amore(8)

下位

Wings(12)

Relax(10)

Relax(10)

amore(7)

Relax(9)

                  ↓↓

   <第1位決定のための〔子〕の代表選出・リーグ戦>表3

 

amore

Wings

Relax

勝ち数

amore

×

23

41

1

Wings

32

×

32

2

Relax

14

23

×

0


上位をつけた審査員の数はどちらが多いかで勝敗を決めます。amore Wingsに対して2人の審査員が上位をつけ、他の3人は下位となっていますので23敗で負けました。以下同じように集計します。その結果、勝った数の最も多いWingsがトップとなり、〔子〕の代表に決まりました。

そこで、〔親〕のヴェールと〔子〕のWings11の対戦をさせます。

                  ↓↓

   <第1位決定戦>表4

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

上位

ヴェール

ヴェール

Wings

Wings

ヴェール

下位

Wings

Wings

ヴェール

ヴェール

Wings

対戦の結果、ヴェール:3Wings2ヴェールが勝ちました。

                  ↓↓

            1位  ヴェール 決定

 

これで第1位が決まりましたが、自動的に2位以下が決まるわけではなく、順次同じ手順で集計していきます。

 

◆第2位の選出

  1. つぎに第2位の選出に入ります。第1位となったヴェールを表から除外し、下位団体を上へ詰めます。
  2. 1位決定の手順と同じことを残った団体間で実施します。amore:2Wings:1Relax:1La Mer:1ですので、過半数を獲得した団体はありません。amore〔親〕、残り3つが〔子〕となります。

 

   <第1位を除いた順位表>表5

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

2

amore

amore

Wings

Relax

La Mer

3

Relax

Wings

La Mer

Wings

Vive

4

La Mer

川越牧声会

amore

detre

川越牧声会

5

川越牧声会

ピエロ

detre

La Mer

ラ・シレーヌ

6

Vive

La Mer

Vive

ピエロ

Wings

7

所沢メンネル

あべ犬東

川越牧声会

amore

はるか

8

detre

浦和混声

ピエロ

Vive

amore

9

悠はるか

Vive

浦和混声

川越牧声会

Relax

10

ピエロ

Relax

Relax

Kraut

Croce

11

浦和混声

獅子

あべ犬東

悠はるか

デイジー

12

Wings

デイジー

悠はるか

獅子

浦和混声

                  ↓↓

  <第2位決定のための〔子〕の代表選出・リーグ戦>表6

 

Wings

Relax

La Mer

勝ち数

Wings

×

32

32

2

Relax

23

×

23

0

La Mer

23

32

×

1

Wingsがトップとなり、〔子〕の代表に決まりました。そこで、〔親〕のamore〔子〕のWings11の対戦となります。

                  ↓↓

   <第2位決定戦>表7

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

上位

Wings

amore

Wings

Wings

Wings

下位

amore

Wings

amore

amore

amore

対戦の結果、Wings4amore:1Wingsが勝ちました。

                  ↓↓

           2位  Wings 決定

 

◆第3位の選出

  1. 2位となったWingsを表から除外し、下位団体を上へ詰めます。
  2. amore:2La Mer:2Relax:1となり、ここでも過半数を獲得した団体はなく、amoreLa Merが同点で並んでいます。amoreLa Merを対決させます。

 

   <第2位を除いた順位表>表8

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

3

amore

amore

La Mer

Relax

La Mer

4

Relax

川越牧声会

amore

detre

Vive

5

La Mer

ピエロ

detre

La Mer

川越牧声会

6

川越牧声会

La Mer

Vive

ピエロ

ラ・シレーヌ

7

Vive

あべ犬東

川越牧声会

amore

はるか

8

所沢メンネル

浦和混声

ピエロ

Vive

amore

9

detre

Vive

浦和混声

川越牧声会

Relax

10

悠はるか

Relax

Relax

Kraut

Croce

                  ↓↓

   <第3位決定戦>表9

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

上位

amore

amore

La Mer

La Mer

La Mer

下位

La Mer

La Mer

amore

amore

amore

対戦の結果、La Mer3amore:2La Merが勝ちました。

                  ↓↓

           3位  La Mer 決定

 

◆第4位の選出

  1. 3位となったLa Merを表から除外し、下位団体を上へ詰めます。
  2. amore:3Relax:1Vive:1で、amoreが過半数を獲得して第4位となりました。

 

   <第3位を除いた順位表>表10

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

4

amore

amore

amore

Relax

Vive

5

Relax

川越牧声会

detre

detre

川越牧声会

6

川越牧声会

ピエロ

Vive

ピエロ

ラ・シレーヌ

7

Vive

あべ犬東

川越牧声会

amore

はるか

8

所沢メンネル

浦和混声

ピエロ

Vive

amore

9

detre

Vive

浦和混声

川越牧声会

Relax

10

悠はるか

Relax

Relax

Kraut

Croce

                  ↓↓

           4位  amore 決定

 

◆第5位の選出

  1. 4位となったamoreを表から除外し、下位団体を上へ詰めます。
  2. Relax:2、川越牧声会:1detre1Vive:1で過半数を獲得した団体はありません。
  3. Relaxが〔親〕となり、残り3団体のリーグ戦により〔子〕の代表を選出します。

 

   <第4位を除いた順位表>表11

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

5

Relax

川越牧声会

detre

Relax

Vive

6

川越牧声会

ピエロ

Vive

detre

川越牧声会

7

Vive

あべ犬東

川越牧声会

ピエロ

ラ・シレーヌ

8

所沢メンネル

浦和混声

ピエロ

Vive

はるか

9

detre

Vive

浦和混声

川越牧声会

Relax

10

悠はるか

Relax

Relax

Kraut

Croce

11

ピエロ

獅子

あべ犬東

悠はるか

デイジー

12

浦和混声

デイジー

悠はるか

獅子

浦和混声

13

Kraut

ラ・シレーヌ

Kraut

Croce

あべ犬東

14

名前のない

detre

メンネル

ラ・シレーヌ

Kraut

                  ↓↓

   <第5位決定のための〔子〕の代表選出・リーグ戦>表12

 

川越牧声会

detre

Vive

勝ち数

川越牧声会

×

32

23

1

detre

23

×

23

0

Vive

32

32

×

2

Viveがトップとなり、〔子〕の代表に決まりました。そこで、〔親〕のRelax〔子〕のVive11の対戦となります。

                  ↓↓

   <第5位決定戦>表13

順位

片野秀俊

須藤礼子

粕谷宏美

江上孝則

保延裕史

上位

Relax

Vive

Vive

Relax

Vive

下位

Vive

Relax

Relax

Vive

Relax

対戦の結果、Vive3Relax:2Viveが勝ちました。

                  ↓↓

           5位  Vive 決定

 

 
 以下、最後の団に至るまでこの集計を繰り返して順位を決めます。そして、埼玉県では第1位~第5位を金賞、第6位~第10位を銀賞、第11位~第15位を銅賞として表彰します。金賞の団体は、連盟理事長より関東大会への出場を推薦されます。
もちろん推薦できる枠は決まっており、参加団体数が20団体までは5団体、それ以上は5団体増えるごとに枠が1団体増えることになっています。ですから、もう1団体出て21団体になっていれば推薦枠は5から6団体に増えたわけです。


 順位と共に各賞が次のように決まりました。

 

<最終結果>表14

順位

団体名

 

グループ

特別賞

県代表

1

クール・ヴァン・ヴェール

女声

A

金賞

埼玉県知事賞

推薦

2

Wings

混声

B

埼玉県教育長賞

3

La Mer

女声

B

埼玉県文化団体連合会賞

4

合唱団amore

混声

A

 

5

Vive la Compagnie

男声

B

 

 

 このようにして男声合唱団Vive la Compagnieは辛くも第5位、金賞で関東大会への推薦を得ることができました。男声合唱団が県大会を勝ち抜くのは比較的珍しいことです。
 いっぽう今年の高校の部では、県代表8校のうち男声合唱が(1B)県立浦和高校グリークラブ、(3B)県立熊谷高校音楽部、(4B)県立川越高校音楽部、(6B)慶應義塾志木高校ワグネル・ソサイエティー男声合唱団と半数を占める勢いとなっており、今年の埼玉は<男声合唱炸裂>の様相を呈しています。他は女声合唱が二つ、(2B)県立久喜高校音楽部と(7B)県立松山女子高校音楽部、混声合唱が二つ、(5B)県立大宮高校音楽部と(10A)県立不動岡高校音楽部が代表権を獲得しています。


(新増沢方式の手順については、札幌合唱連盟事務局:斎藤善之氏の報告を参考にしました)


     

   音楽・合唱コーナーTOPへ       HOME PAGEへ