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くちびるに歌を



 男声合唱とピアノのための組曲『くちびるに歌を─Hab’ ein Lied auf den Lippen』は、作曲家の信長貴富さんが東海メールクワィアー創立60周年記念として委嘱を受け、作曲したものです。初演は20056月でした。

 ドイツとオーストリアのそれぞれ異なる詩人の作品から4篇を選び出して、作曲をしています。曲順に、ヘルマン・ヘッセ「白い雲」、ウィルヘルム・アレント「わすれなぐさ」、ライナー・マリーア・リルケ「秋」、ツェーザー・フライシュレン「くちびるに歌を」と並んでいます。楽譜冒頭に作曲者のことばとして、つぎのような思いを認めています。

 ロマンティックな音楽を書くこと、これは思いのほか勇気のいることなのです。音楽にひたすら憧れていた少年時代の自分に会いに行くような、愛しさと羞じらいの混じり合った気持ちがあります。しかしながら、それでもロマン的な表現を強く望んだのは、現代という渇いた時代を潤す歌を書きたいという願いがあったからです。
 テキストはドイツ語の名詩とその日本語訳から成っています。ドイツ語によってロマンティックな音像を導き出し、母国語によって懐深くの情感を呼び覚ますというのがねらいです。二か国語が交錯し、融合し、響きに昇華していくさまを思い描きながら作曲しました。どちらかというと、詩に忠実に音を付していくというよりは、詩から受けたインスピレーションを音像に変換し、その中に言葉を再発見していくという作業だったように思います。作曲されていない詩句がしばしば見受けられるのはこのような理由からで、作曲者の意図によって詩が自由に構成された形となっています。終曲「くちびるに歌を」は特にその傾向が顕著です。“Hab’ Sonne im Herzen”(心に太陽を持て)というのが原題(日本では山本有三による訳によって広く知られています)ですが、曲名を「くちびるに歌を─Hab’ ein Lied auf den Lippen─」としたのは、私の創作意図の表れと言えます。



 ツェーザー・フライシュレンによる原詩を以下に示します。

Hab Sonne im Herzen...     Cäsar Flaischlen (1864-1920)
Hab Sonne im Herzen,
ob’s stürmt oder schneit,
ob der Himmel voll Wolken,
die Erde voll Streit ...
hab Sonne im Herzen,
dann komme was mag:
das leuchtet voll Licht dir
den dunkelsten Tag!

Hab ein Lied auf den Lippen
mit fröhlichem Klang,
und macht auch des Alltags
Gedränge dich bang ...
hab ein Lied auf den Lippen,
dann komme was mag:
das hilft dir verwinden
den einsamsten Tag!

Hab ein Wort auch für andre
in Sorg und in Pein
und sag, was dich selber
so frohgemut lässt sein:
Hab ein Lied auf den Lippen,
verlier nie den Mut,
hab Sonne im Herzen,
und alles wird gut!



 山本有三は、このフライシュレンの詩の初版を出した後、あらためて見直し明快なものとして改定しています。

心に太陽を持て    山本有三・訳(改定版

心に太陽を持て。
あらしが ふこうと、
ふぶきが こようと、
天には黒くも、
地には争いが絶えなかろうと、
いつも、心に太陽を持て。

唇に歌を持て、
軽く、ほがらかに。
自分のつとめ、
自分のくらしに、
よしや苦労が絶えなかろうと、
いつも、くちびるに歌を持て。

苦しんでいる人、
なやんでいる人には、
こう、はげましてやろう。
「勇気を失うな。
くちびるに歌を持て。
心に太陽を持て。」


 信長貴富さんは、この改定版に沿って詩を再構成して採り上げています。



くちびるに歌を持て
心に太陽を持て


 YouTubeにアップされている合唱団お江戸コラリアーずの演奏を紹介します。今回の震災で被災された全ての人達に」というコメントとともにみごとに表現しています。相当に高い演奏技術です。
   http://www.youtube.com/watch?v=FwNXmSA4cFQ&feature=grec_index


 男声合唱団 Vive la Compagnie(男声合唱プロジェクトYARO会)は、奇しくも東日本大震災の年にこの『くちびるに歌を』をコンクールで歌うことになりました。
 この曲は、ピアノのゆったりした印象的なイントロに続いて、静かに“Hab’ ein Lied auf den Lippen”と歌い始められます。 くちびるに歌を持て”と日本語が出てくるのは、ようやく28小節に至ってからです。


 そして、
66小節から場面が一転し、トップテナーが優しく“(嵐が吹こうと)吹雪が来ようと”と語りかけ、それに対して70小節からベース系がピアニッシモ(pp)で“
地上が争い満たされようと“とささやくように応えていますが、これは上に示した歌詩とは異なっています。上の歌詩ではここのところが、“地上が争い満たされようと“となっているからです。しかし、詩の内容は大きく変わるほどでもないと思います。単なるミスかあるいは何らかの意図があってのことか定かではありませんが、ここはppですので、「」より「」のほうが柔らかく響いて聴こえるからとも感じますが、いかがでしょうか。そして、フィナーレはフォルティッシシモfffで重厚な和音を響かせて閉じます。


 くちびるに歌を』は、演奏時間が8分弱という合唱曲としては比較的長い曲です。ppからfffまでとダイナミックレンジも広く、ストーリー性もあります。8分弱は、作曲者が意図した「ロマンティックな音楽を書くこと」を達成するために必要な最低限の時間だったのではないかと思います。


 さて、Vive la Compagnie は、この『くちびるに歌を』で全日本合唱コンクール関東大会に臨みます。音磨かざれば音楽なし。パートごとの発声、表現を整え、全体の意思統一を図って最善を尽くすのみです。



      


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加 藤 良 一    2011年9月13日