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船の翼 フィンスタビライザー



加 藤 良 一   2014年1月13日



 

 facebookのお友だち吉田兼好児さんのエッセイ集が出版されました。早速Amazonから取り寄せひと息に読んでしまいました。
 船の横揺れを防止するフィンスタビライザーFin Stabilizerという装置とその技術指導をするスコットランド人技師ピータートレイシーさんとの交友を中心に話が展開してゆきます。これまで聞いたこともないフィンスタビライザーなる装置に興味が沸くとともに、大海原に繰り広げられる技術者たちの苦闘や仕事を成し遂げたときの達成感や安堵感が伝わってきます。

 著者吉田兼好児さんの本名は清岡隆二さん、だいぶ前からのfacebookのお知り合いです。芝浦工大出身の技術畑におられながらジャズギターを弾いたり音楽とも関わりが深いというのでとても関心を持って接してきました。

 清岡さんはfacebookではいつも一風変わった投稿をしていました。まず目に付くのが独特の文体、句読点の代わりに「・」を使うところが変わっています。しかし、その逆に英語を表記する場合、一般的には単語ごとの区切りとして「・」を使いますが、清岡さんは「フィンスタビライザー」「ピータートレイシー」と「・」を使いません。
 あるとき「船の翼」と題してフィンスタビライザーの仕事について書き始めたところ、「どうにも止まらなくなり、とうとう12日間連続で書き綴ってしまった」速筆のエッセイがこの本のタネになっています。facebookに書かれていたとき私はあまり深く考えもせず、さらっと読んでいましたが、大きなひとつのまとまりになっていることは感じていました。それがついに「エッセイ集」となって世に出たわけです。
 一冊のエッセイ集にするにはいろいろ肉付けが必要です。そこで清岡さんはピーターとの交流を中心に据えて、久し振りにスコットランドへ会いに行く旅行のなか、ロンドンエディンバラ間を結ぶ特急列車フライング・スコッツマンに夢を乗せて楽しい想い出にふけるのです。
 昔のきつかった仕事のこと、友人ピーターと一緒に飲み明かした夜のこと、清岡さんの筆はいよいよ勢いを得てどんどん走ってゆきます。「・」以外にも「」「“ ”」などが使われ、口語体で親しみやすく表現されています。面白いのは会話を二重鉤括弧『 』で括るという荒業も辞さないことです。そして、会話のなかで相手の名前を頻繁に呼び合いますが、これは英語の翻訳を読んでいるような印象があって意表を突かれる思いです。
 清岡さんは技術者としての厳しい目を持ちながらも、技術は人のため人との関係で活きるものということなのか周りの人々に対する愛情がちりばめられています。文字どおり土佐のいごっそうです。

 そもそも清岡さんがフィンスタビライザーの仕事についたのは1970年のことでした。入社5年目、衝突予防レーダーや船体電気防蝕装置などの電気系しか知らない若者にいきなり担当命令が下ったのです。それから必死に勉強し、長崎の造船所で見学するなどして楽しくも苦しい業務が始まりました。

 耳慣れないフィンスタビライザーについて調べてみました。これは船の航行時の横揺れを抑える装置で、船底近くの両側に魚のひれに似た鉄板を突き出し船の揺れに対して角度を自動的に調整します。フィンスタビライザーは三菱造船(現三菱重工業)が発明し、1923年に実用化されました。しかし、技術が未熟だったため特許をイギリス企業に売却、第二次大戦ではイギリスやアメリカの駆逐艦には装備されていたのに日本の軍艦にはなかったという悲しいお話です。それが戦後海外からの逆輸入で日本に入ってきたとのことです。


 このエッセイではフィンスタビライザーを取り付けた船の試験航海でさまざまな技術的困難に直面したり、あるいは熱帯性低気圧の荒波に翻弄されという汗と油にまみれた苦労話が尽きません。

突然、眼の前に迫ってくる大波、船は波の頂上目指し急上昇する、身体が後ろに反りかえる、ブリッジ前方の窓下にあるスチールバーをしっかり握りしめる、足を踏ん張る、今度は波の山頂から真っ逆さまに、波の谷底めがけて、船の舳先が突っ込んでいく、船が海中に潜る・そんな錯覚を起こす、身体が前方に倒れ込む、ちょうど遊園地で初めて乗ったジェットコースターの恐怖、大波がブリッジの窓に激突して鈍い音を立てる、ド・ジャーン、波飛沫が飛び散る、船の前方は波で全く視えない、船長もチョッサーも真剣に前方を、そして左右を常時ウォッチしている。

 さらに、外国人技師の指示や忠告を素直に受け入れない日本人技術スタッフとのやりとりなどは、もともと日本の開発した技術だという自負があったのでしょうか。今となっては知るよしもないでしょう。


 ロンドンから9時間かけて到着したエディンバラ駅にはピーターが迎えに来ていました。その夜、友人たちも集まり 『ケン!元気だったかい!?、乾杯・乾杯!ケン、ウエルカム・エディンバラ!!』。右手にアルコール7度のラーガー、そのグラスサイズは日本の大ジョッキより少し大きめのパイン、そして左手にスコッチウイスキーのダブルグラス、これで入れ替わり立ち替わり連中がやって来ては、『ケン!、乾杯・乾杯』





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