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第49回 現代詩手帖賞





 <現代詩手帖>(思潮社)が選定する《第49回現代詩手帖賞》に、ブリングルさんの『ニュースの時間です』と榎本櫻湖さん『コントラバスの下痢便に塗れたバス停でのポリフォニー』が選ばれた。ブリングルさんは、日本人、主婦、34歳から現代詩を書き始めた方、いっぽう、榎本櫻湖(えのもとさくらこ)さんは年齢不詳、女性。(<現代詩手帖>20115月号)

 詩の紹介のあとに書かれている「オルタナティヴを担う実力」と題する、野村喜和夫さんと川口晴美さんの対談合評をみてみると、受賞者は二人とも力のある作家で、この作品だけで選ばれたわけではなく、他の作品もみた上で、詩作家としての実力や可能性が評価されたものである。

コントラバスの下痢便に塗れたバス停でのポリフォニー    榎本櫻湖

ペペロンチーノと呼ぶ声が聞こえ/身体中がリチウム電池でできた尿がくるくると翼をひっぺがしていると車椅子の跛行、燻らせて鳩尾、別段コンスタンティノープルに用はないから朝鮮人参の水泡様鉄条網に掠めとられていればそれで充分なのだが、枕許には知らない鼻毛、それをいくつかのコミュニティでは許嫁と呼ぶとか呼ばないとか、吐瀉物か嘔吐物のどちらかを選ぶと、そこら辺に混じる膨れた死体愛好家の喉仏に願掛けするか首を括ってヘロインの齎す燕尾服の二枚舌に黄色いえげつない感じの林檎酢を褒めそやしたり矯めつ眇めつしたりするかしなければならなくなるのだったが、
(中略……
角砂糖をカリフラワーに見立ててガネーシャガネーシャと喚いているピグミーチンパンジーによるフリー・ジャズとアネクドートのパフォーマンスに雁字搦めになっているエピキュアリアンの奇声と、彼等にソーサーを投げつけるラディカル・フェミニストの集団で、さながらここは胎蔵界曼荼羅の内壁に彫刻された抹香鯨の脳内のようでも麝香揚羽の紋様のようにも/



 正直なところ、この詩は、かなり難解だ。句点「。」はまったく使わず、読点「、」のみでことばを紡いでゆく。また「/」は、ふつう詩を引用するときなどに、行変えの代わりに用いる場合があるが、彼女はあたかも句点のように扱っている。最後も「/」で終わっている。際限なくことばつながっているようでいて、しかし、読んでいて不思議なリズムを感じる詩である。

 選者の野村喜和夫さんによると「榎本櫻湖さんは、第一回目から注目していましたが、一瞬まてよというためらいもありました。というのも、幾分ペダンチックな外観が作品にあったからです。そこでちょっと一呼吸おいてじっくり読むようにしたのですが、そうやって何回か読んでいくうちにこの人には才能があると確認できたので、ペダンチックな点には目をつぶるようにしました。ときどきそれが嫌みに映ることはあるでしょうが、どうやって詩的言語を繰り出すかという詩人のまあいってみれば基礎体力については群を抜いている感じがします。全部を言語化してしまうような人なので、危険性はあると思いつつも、この人の才能に注目するのは正当な評価の仕方じゃないかという気がしています。」

 ペダンチックとは、ひけらかすこと、衒学的ということだ。そういわれると、なるほど、そうかなと思う。読んでいてときどき引っかかる部分があるし、難解なことばがけっこう出てくる。よくもまあここまでことばが出てくるものかと感心してしまう。


受賞のことば   榎本櫻湖

文字に埋もれるように死にたいと思うことの甚だきどった感じを堆く積まれた書籍の頁のそれぞれに塗りこめるようにして日々の泡を費やしてきたけれど近所の人や親戚からは穀潰し呼ばわりされ生き恥晒してまるで生まれてすらこなかったものとして扱われるのだからこうして受賞したって月刊つり人のバス釣りコンテスト優勝と同等と思われるのだろうし畢竟文字に溺れるようにして生きそして死ぬ生まれ損ないブスの神様として今日は寝る



 受賞のことばを読んで、やはり詩人というものは厳しい生きざまをしている人たちなのだと思う。榎本櫻湖さんの場合は、いろいろなプレッシャーをバネにして、詩を書きあげている。そして、受賞のことばは、句読点のない文が二百字きっちりで書かれている。二百字以内の制限があったのだろうか、きっちりと二百字に収めているが、もう一人のブリングルさんは、それよりやや少ない字数であった。このお二人の今後の作品をみてゆきたい。






加 藤 良 一   2011年8月24日