風が吹けば桶屋が…
加 藤 良 一
2011.11.11
Blogシュンポシオン(2008.2.11)より転載
シンポジウムが開かれた九段会館は、会議室、宴会場のほかに1,100席ほどの座席をもつ大ホールがある。昭和9年(1934)、予備役、後備役の軍人の収容・訓練の場として建設された旧軍人会館で、2.26事件(1936)の時にはここに戒厳司令部が置かれたし、終戦とともに連合軍に接収されるなど、軍事目的で使われることの多かった施設である。このことは、私が子供時分に父親から聞かされていたから、館内の軍事色豊かな装飾をそんな目でいつも見ていたものである。
さて、冒頭に述べた内部統制「人気」は嘘ではなく、私が着いたのは開演10分ほど前だったが、1、2階はすでに満員で3階へどうぞと回された。この会館の座席は小さく、前後の間隔も極端に狭いうえ、3階はかなりきつい勾配の階段状となっている。いきおい膝が前の座先の背もたれの上部にあたり痛くてかなわない。いくら足の短い私でも長時間座っているのはきつかった。昔の人はこんなに小さな椅子でよく平気でいたものだ、などと余計なことを心配してしまった。
シンポジウムでは、渡辺喜美金融大臣の基調講演「健全な市場の構築と金融市場の活性化に向けた対応」が予定されていたが、国会で急きょ代表質問があり、小澤民主党代表の本会議欠席問題がくすぶっていた折から、やむなく副大臣を代理に立ててきた。ついで会長の記念講演「内部統制と社会的公正」が行われ、その後パネルディスカッションへと移った。
さて、パネリストは、三井秀範氏(金融庁総務企画局企業開示課長)、藤沼亜起氏(藤沼亜起公認会計士事務所)、鳥飼重和氏(鳥飼総合法律事務所)、甘粕潔氏(日本公認不正検査士協会)、そしてモデレーターとして八田進二氏(青山学院大学大学院)の5名だった。このメンバーを見てやや腑に落ちないものを感じないだろうか。産・学・士のうち【産】が欠けていて、その代わりかどうか【官】が加わっているのである。もっとも金融庁の三井課長には法律の主旨や本音を聞きたいから、居てもらうほうがよいのだが、ここではとりあえず不問に付しておく。
冒頭、八田氏は開口一番、J-SOX法関連ビジネスは風が吹くと桶屋が儲かる式の由々しき状態になっている、と苦言を呈した。ビジネスチャンスとばかりにITベンダーやコンサルが売らんかなのお祭り騒ぎを起こしているからである。八田氏のこの主張(怒り)は当初から一貫して発信されているもので、このことに関係している人の中で知らない者はいない。さきほど【産】が欠けていると述べたが、あくまで当事者としての企業に参加して欲しかったのであって、同じ【産】でも桶屋さんのほうではない。
ITベンダーなどは、いわゆる「文書化三点セット」に対するツールやシステムを売り込むもので、対応する企業はどこでもこの「膨大」な文書化の負担を恐れている。「文書化三点セット」とは、仕事の内容手順を記載した「業務記述書」、それをわかりやすく流れに沿って示した「業務フロー図」、業務のどこにどのようなリスクがあり、それにはどう対処(統制)してリスク回避するかを示した「リスク・コントロール・マトリックス(RCM)」の三種類の文書のこと。自社の業務を果たしてどこまで文書化しなければならないのか、明確な基準がない中で右往左往しているのが現状なのである。そんなものがなくても成り立つ業務はたくさんある、というのが当事者としての偽らざる思いである。まして、それが「財務報告」の「虚偽記載」を防止するのが目的であればなおさらである。
この文書化について、今回のシンポジウムで初めて金融庁が具体的に触れる発言をした。三井課長は、今回のディスクロージャー制度は、何にもまして経営者の関与が重要であり、上場企業が市場で評価されるためにディスクロージャー(適正開示)違反を防ぐのが目的であり、合理的な範囲で対応してほしいとしながら、とくに「文書化を必須とはしていない」と述べた。この発言は早速翌日の新聞でも報道されるほどインパクトのある発言である。桶屋さんにとっては痛い発言である。内心やりにくいと思っているだろう。
いっぽう、内部統制に対応しなければならない企業が、直接的に相手にするのは監査人(監査法人)である。内部統制の良し悪しを判断する監査人と企業とのあいだの関係もなかなかむずかしい。昨今の度重なる企業不祥事の余波を受け、監査法人もかなりガードを固くしているからだ。
パネルでは、監査法人の立場からどのような主張がなされるか大いに期待した。日本公認会計士協会相談役の藤沼氏は、国際会計士連盟会長の経験を踏まえて、日本ではまだ米国企業改革法第404条に対応すべく研究、準備を進めている段階であったにも係わらず、J-SOX法が出されてしまったことは、拙速でありタイムリーではないと発言した。また、米国にはなかったITへの対応を取り込んだことがさらに混乱の原因となっていて、多くの企業が初年度(2008年度)からこれに対して完璧な対応はできないであろうとみている。
弁護士の鳥飼氏の発言は、法律家の立場から冷静な対応を望むというものであった、すなわち、法律は基本的に不可能なことは要求しない、法律は世の中の最低限のレベル(約束)を決めているにすぎない、そのレベルが上がってしまえば法律の要求もそれに連れて高くなってしまうのが現実である。だから行き過ぎは禁物、過熱しすぎの非常識な対応は避けるべきなのに、どうもこなあたりの法的思考が停止している。もっとゆったりやるべきと主張していた。けっきょくJ-SOXビジネスではほとんど法律家が現れてこない点にその実体が現れているともいう。文書化はあくまで予防処置のひとつに過ぎず、監査法人が(自己防衛のために)過敏になるのは問題であるとも主張した。
日本公認不正検査士協会の甘粕氏によれば「不正」とは、資産の不正流用、不正な報告、汚職などが主な対象である。ただし、誰が不正と判断するのかは重要な問題であって、最後はステークホルダー(投資家などの利害関係者)が欺かれたと受け取れば、それは不正となってしまう。ディスクロージャーの不正は投資判断を誤らせるかどうかが分かれ目で、最近、監査法人の責任が表面に出るようになってきたが、監査法人は法の番人ではあるものの不正を犯しているのは企業そのものであり、(企業と結託して粉飾するなどの違反法人は別にして)一義的に責任を問われるのはまず企業のはずである、監査法人に過大な責任を転嫁しないようにと三井課長は警告を発した。
法律の表向きと実際の現場とのずれ、ギャップが大きすぎる、上場企業すべてを規模や業態を無視して同列に並べてよいのか、米国に見られるように企業規模に応じて法適用に幅を持たせるなどの配慮が必要ではないか(八田氏)という疑問に対して、もちろん現実のギャップは承知しているが、大会社と小会社(これは法律用語で会社の大きさを表すものではない)で規模が違うからといって求められる内容に違いがあってよいものか、基本的には同じことが要求されるのではないか、要は企業として説明責任をどこまで果たすかであり、コストベネフィットを踏まえて、どこにウエートを置くかなど企業ごとに判断すべき問題である。小さな企業で社長の目が届くならばチェックの方法はいくらでもあるはず(三井氏)との見解を示した。これなど当たり前の話だが、現実にはそう簡単なことで済みそうもないところが問題なのである。
先日、御徒町のある店で、以上述べたような内部統制──いや、外部統制(?)談義に仕事仲間と花を咲かせた。その中のお一人、公認会計士の広川敬祐さんは、今回の内部統制の法制化には真っ向から反対する立場を貫いている。だから、彼のコンサルは的を射ており、無理のないものである。少なくもわれわれには共感できる部分が多く、とても頼りになる人である。彼は手作りのホームページを開いて、いろいろ発信しているので興味をお持ちの方はご覧あれ。
★ HBS(Hiro Business Solutions)