その哀しい姿に。 自分でなければならない意味を知った。 刺のある華 −とげのあるはな− 夢を見た。 重く暗く、痛く。 だけど不思議と恐さはなくて。 その眼は一途にこちらを見ていた。 「やっぱり…というべきかな」 ズキズキと痛んで。 熱くて、疼くように。 包帯の巻かれた自分の手が目に飛び込んでくる。 現実だ。 夢は終わり。 もうベッドから抜け出して目が覚めているというのに。 また、自分はここにいる。 「…この場所なら、いると思ったよ」 微笑んでいるような声音は何所となく安堵したように。 穏やかに控え目に耳を撫でる。 身体を走り抜けていた痺れも今はない。 胸を刺すようなあの痛みも、苦さも。 溶けてしまったかのように。 無気力なその身を強い日差しが照りつける。 あと何回、この晴天が続くだろう。 ここ最近で空も大分高くなり。 もうすぐ秋雨がやってくる。 長い雨が降れば。 夏が終わる。 「今日は退院の日だからみんなで迎えに来たんだけど」 徐に敷島が両手を広げ。 何かを形作るかのように宙を泳がせる。 「お高ちゃん、こんなに大きな花束を持ってね」 綺麗な向日葵だったよ、と。 笑みを零して言葉を綴った。 太陽の姿をしたその花は。 さぞかし今日の天候に見合うだろう。 吸い込まれそうな、蒼。 頭上に広がる色は。 深く深く。 妨げるものもなく。 地上が引っくり返ってしまえば。 自分など何処までも落ちていってしまいそうで。 身体を支える足の感覚が。 唯一、現実と繋ぎ止める。 いっそのこと空を飛べたなら。 なんだか勿体無い。 きっと気持ちが良いだろうに。 「…前に、君とここで話をしたね」 二人で。 この病院の屋上から。 街を眺めて。 警察のサイレンの音が。 一束に、ここまで聞こえて。 「もうあんな無茶をしてはいけないよ」 深い眠りの中で。 夢を見た。 人の欲に翻弄される鉄人の姿は。 重く暗く。 兵器か道具かと。 一つの存在として認められぬ痛さに。 姿を砕かれ。 それでもその眼は。 一途にこちらを見つめ、求めていた。 人の思惑に左右されない。 己の存在を。 あの時に目の前の人が言った。 答えを出してあげられるのは。 たった一人。 「…敷島博士」 その一人が。 終戦と共に生まれた、何も知らない。 鉄人を知らない自分。 最も事を理解している男ではなく。 歳の果敢ない無知な子供。 相手の心が分からなくて。 単なる父親との縁だと思っていたけれど。 「僕はきっと、恐がっていたんです」 命無い機械だと忌み嫌い。 強がって、気持ちを打つけて。 愛情さえも疑っては。 自分の存在が崩れていってしまう。 そんな考えが浮かんで。 偽りが晒される焦り。 知らされる恐怖。 父親にとっても。 敷島博士にとっても。 本当の正太郎は自分ではないと。 名前を呼ぶその声が嘘吹いてみえ。 苛立ち、腹立たしさ。 その矛先は真っ直ぐに。 「鉄人の存在…そのもの全てが」 もう一人へと。 嵐の夜に鉄の巨人に向かって。 男は名を発した。 それが何を意味するのかなど。 気が付いてはいけなかったのかもしれない。 同じ名前を与えられた存在が許せず。 自分は鉄人を受け入れなかった。 ならば敷島博士も。 それは同じだったのではないか。 悪戯な交錯。 南方の島で正太郎を葬った彼は。 どのような想いで赤子を目にしたことだろう。 「…そうだね」 いつしか敷島は膝を着き。 同じ目の高さまで身体を屈め。 こちらを見つめていた。 「だけど、もう大丈夫だね?」 優しい、眼。 咎めず、責め立てず。 目の前の人は笑う。 夏最後の日差しに光が満ちて。 眩しくて。 微かに溜め息を洩らしては。 相手を見やる。 「私はすでに、その力に魅せられてしまったから…」 辛く恨めしそうに。 敷島は苦い笑みを零した。 大きな大人の手がふと肩に置かれて。 瞳の中の自分が揺れる。 「分かるかい?」 触れてしまうこと。 知ってしまうこと。 そして、そこから背けなくなること。 力を造り上げた男は。 抱く願いの大きさ故に。 振るう様を他人へと預けた。 何事の秤に掛けることなく。 操縦器を握られる、無垢な人。 頭を小さく頷かせ。 何を言うわけでもなく。 ただ微笑んで。 目の前の人の背後に広がる。 真っ蒼な、色。 空が綺麗だなんて。 そんな当たり前のこと。 「…正太郎君」 その声は。 一際、意識するように。 低く発せられた。 「いいかい…何もかも背負おうなんて、考えてはいけないよ」 突拍子もなく。 あまりにも真剣な眼差しをするものだから。 冗談振るような笑みも浮かばず。 雰囲気に緊張する。 「君は君であって鉄人とは違うんだ」 同等の愛情を注がれた命。 同じ名前、同じ父親。 それでも。 存在は一人ではなく、二人で。 奇遇の巡り逢わせに結ばれた。 唯一の。 「だから…もっと自分を想いやりなさい」 差し伸ばされた手は。 ゆっくりとこちらの両手を捉えてみせ。 意図も容易く。 幼さを包み込んでしまう。 白を通して伝わる体温が。 熱くて、熱くて。 何所となく心地良い。 優しく相手の指先が甲を撫でて。 敷島は咎めるように眉根をひそめた。 「君の手はこんなにも傷ついているじゃないか」 丁寧に巻かれた真っさらの包帯が。 長く長く。 纏った分だけ負った傷。 操縦器を握る者の定めのように。 力を手に入れることは厳しい代償も伴うこと。 知らない他人でさえ敵になることもあるのだと。 偏に敷島は警戒し。 言い聞かすような物腰で溜め息を零す。 人は欲深い。 自らが強い力を得られるのなら。 他人でも、自分でも傷つけるのを恐れない。 悪い人間とはそういうものだと。 言葉を濁す男の姿は。 苦痛に顔を俯かせていた。 しっかりと握られる手と手を眺め。 相手に視線を移して。 表情は窺えなくとも。 見つめ返す。 「…これはただの擦り傷です」 温かな手だ。 大人の、堅い。 科学者の手。 様々な機械の部品を素早く扱う動きに。 幼い頃は呆気にとられて見ていたことを。 ふと思い出した。 いつからだろう。 その温かさに甘えようとしなくなっていた。 「本当に、大したことないですよ」 静かな声音を努めて。 微笑んでは、肩を竦めてみせる。 視線が交じり合えない中で。 少しの無器用さと。 「…傷ついたのは鉄人も同じです」 虚しさと。 溢れ零れる想いが。 止めどなく胸を震わせる。 操縦器がなければ繋がりは生まれない。 繋がりがあったとしても。 人によっては負に転じることもある。 痛みを訴えられない哀しい姿は。 誰かが気付いてあげなければならないから。 触れたことで知ってしまったもの。 「目に見えない傷です」 そしてその傷を与えた一人に。 紛れもない、自分も含まれている。 戸惑っていた想いは。 先へ先へと一歩進んで。 操縦者になるという意味の重さを。 今はこの手に。 支えられそうな気がした。 握り締める二つの手へと顔を埋め。 頬が擦れて、敷島は言う。 「君なら、鉄人の行く末を変えられるかもしれないね」 共に在りたいと願った故。 途切れてほしくないから。 このまま、このまま。 疑うことなく。 この時間が果てることはないのだと。 望めば叶うと。 「…僕にとって鉄人は」 信じることは。 我が儘か。 「父に愛されたもう一人の家族です」 一輪に結ばれて。 滲む、赤い色。 終 2005/11 8話の最後の場面で、ベッドに寝ている正太郎の手がしっかりと操縦器を握っていて、 それが、すごく印象的でした。 包帯に巻かれた手負いの手は、これから受ける正太郎の痛みの予兆のようにも見えるし 鉄人との絆の強さのようにも見える。 敷島博士が操縦器を正太郎に与えたのも、最も無垢な気持ちで握ることが出来るからじゃないかなと。 力を手に入れて何かをしようとするのではなく、力を持った鉄人に何をしてあげられるか。 そう考えられる人が正太郎君だと。 戦後に生まれた存在だからこそ、鉄人の存在を認めるに相応しい子供だと考えたんじゃないか。 に、しても。 赤ワインプレイはヤバイでしょ(笑) TOPに戻る |