それまで金田博士といえば絶対的な存在。
何事をも恐れない立派な科学者だと誇りに思っていた。








子の在り方 −このありかた−




















冷たい汗が頬を伝う。
暑いとか、生理的なものではなく心理的な。
酷く動悸がして肩を強張らせ、前屈みに蹲る。
みっともない、あんなことで動揺するなんて。
これではあいつの思う壺じゃないか。


暗いというわけではないのに、何所となく陰気な空気を漂わせた室内で。
控え目な照明にその姿を照らされながらも、自分を呼びつけた相手は嫌味の如く笑みを浮かべた。

「へぇ、無視されると思っていたんだが…」

向かい合う形で用意された椅子に腰を据え、驚きの眼で見つめられる感覚に苛立ちを覚えつつ。
決して表情には出さないまま黙り込んで正太郎は正面から村雨と向かい合った。
遠慮の無い図々しい視線は一通りこちらを眺めると。
茶化すように鼻を鳴らせてみせる。

「子供のくせに几帳面だな」

「用件は何ですか?」

鬱陶しそうに睨め付け、平静を装い。
決して相手との距離を崩すまいとしながら。

「話は聞く…でも僕だって忙しいんですよ」

本来ならば相手にしたくない男。
街の復興も黒いロボットのせいで中断され、何より不乱拳博士の件は簡単に片付きそうもない。
人が一人死んでいるのだから当然といえば当然だ。
今は少しでも時間が惜しく、無駄になど出来ない。
それでもこうして身勝手な呼び出しに応じたのは紛れもない己の意思であり。
今も尚、胸を締める気分の悪さを拭い去りたいという思いがあった。
本来なら敷島博士か大塚署長と話をするべきだろうが、それは避けたいのが本音。
あの二人にはすでに怒りを打付けてしまっていたし。
後々考えてみればその時の自分は態度も幼稚で、もう迷惑はかけられない。
だとすれば。

「そんなだから生意気とか言われるんだよ」

仕切りの向こう側で村雨は下手に出る様子もなく足を組んで横柄に座り直した。
突然の言伝を受けたのはつい先日のこと。
モンスターの一件が明けたその数日後、話がしたいという名目と共に。
男と会う時間は無いだろうかと代理の警官が問いかけてきた。
その時の様子から察するにあまり前向きな返事を期待していなかったらしく。
誤魔化し半分で警察官は笑い、場を立ち去ろうとしたが。
その後ろ姿にこう言ってみせた。
これを機に仲良くしたいですね、と。

「保護者は来なかったんだな」

「大塚署長も付き添いたかったみたいだけど、僕から断りました」

唯一、外の世界とを繋ぐ面会室は夏日だというのに涼しげで。
時折に肌寒いくらい。

「不満は無いだろう?」

少しは相手も態度を改めたかと思えばこの調子だ。
こちらとしても予想の範囲内ではあったが機嫌を窺って馴れ合う気など起きるはずもなく。
お互いに警戒する姿勢は変えようとしない。
まるで意地の張り合いだ。
以前に見かけた時と違い、男の服装は草臥れていて。
いかにも不自由そうな生活環境が垣間見える。
それはこれまでの行いからすれば当然の報いであって、同情しようとは思えなかった。

「…ま、単刀直入に聞くけどよ」

背もたれに寄り掛り、それこそ挑発するように。
村雨の目の色は変わってその視線が一点に注がれる。

「あの黒いロボット…どうするつもりなんだ?」

やはり話題はこれだったか。
不乱拳博士が造り上げた、鉄人に勝るとも劣らない黒の巨人。
発明者を亡くした今となっては謎多き遺産だ。
その件に関して政府は頭を痛めているし。
どうするのか、と問われたところで自分が知るはずもない。

「…お前には関係ないよ」

「偉そうにして、結局知らないんだろ」

呆れるように溜め息をつく仕草が彼の演技なのは分かっている。
勘に触ることを言って、調子を狂わそうとする卑劣なやり方。
だが逆に言えばそれだけ相手は人の弱みを暴くのに長けていて、こちらも油断は出来ない。
少なからず己の弁口に自信がある訳だが、やはり苦手な存在だ。
その面では正直認めている部分もあり。

「…俺はてっきり、廃棄されるもんだと思っていたが?」

周りの大人達とは違う、世の中から食み出たギャング。
自分にとっては異端な人間だった。

「それはない…と思う」

「ほぅ、根拠は?」

「…署長さんが」

敷島博士と何か話し込んでいたから。
言いかけて、咄嗟に口を噤む。
鋭く見据える男の顔が視界の中を過ったからだ。

「やっぱり、大人の言いなりか」

舌を打つ相手に対して指先がむず痒いような、不快な感覚が身体中を走り抜ける。
込み上げてくる感情は怒りでも悔やみでもない。
ただ、自分がとても非力な存在だと恥じるに似た感情。
知らず知らずと拳を握り、照明に照らし出される男の顔を睨み付ければ。
怖いなぁ、と軽い声音が返ってくる。

「鉄人だって同じさ」

緊迫感とは裏腹に、至って彼は落ち着いた面持ちで。
完全に子供扱いをされている自分がとても小さく、ちっぽけにすら感じられた。

「…どうしてまだ、あれが日本にいる」

呼び出した理由は恐らくこれだろう。
鉄人の存在、在るが故の意義。
目の前の男はそれを問いたいがために自分をここに呼んだのだ。
そして不乱拳博士とその息子との間で鉄人、いや自分は何が出来たか。
結局は引き離すことも会わせようともせず半端に動き回っただけではないか。
そしてそれは、操縦者である己の決断ではない。
もし敷島博士の言葉が無ければきっと、自分は村雨と同じことをしたかもしれないのだ。

「あいつは兵器だ」

戦争が終わった今になって生まれ落ちた、人を危める道具。
父の造った、勝敗の要となるはずだったもの。
息子を重ねて、愛したもの。

「その自覚…お前には無いだろ?」

「そんなこと」

「まぁ、俺の話を聞けって」

鉄人が兵器として造られた経緯は無論知っていた。
それだけの力があんな小さい操縦器一つで扱える事実も。

「今回の事件に限っては俺も何が正しかったかなんて分からねえよ」

村雨は気だるそうに身を起こし、徐に顔を近付け。
ナイフの切っ先を突き付けるような瞳で見つめ返してくる。
微かに引きずった椅子の音が耳障りに床を転がって、その音よりも遥かに低く。
男の声は言い聞かすような物腰で囁いた。

「でもな…俺はお前の、その中途半端な態度が気に入らないんだ」

言ってしまえば、自分が鉄人と共にいる動機など何所にもない。
だが金田の家に生まれた以上、父の残した責任は背負わなければならない。
この世に必要ないもの。
在ってはならないもの。
敷島博士から操縦器の扱いを教わった時に思った。
こんなことが何のためになるのだろうと。
己の手を見つめては反比例する矛盾に悩んだ。

「さて少年探偵さん、教えてくれよ」

薄ら笑いを浮かべ、村雨が言い放った。

「兵器と同じ名前を付けられた気分はどういうものなんだ?」

「黙れ!」

こちらを凝視するその眼から逃れることが出来たなら、自分はもう少しだけ冷静を保てたかもしれない。
気付けば己は立っていて、机に手をつき荒い呼吸をくり返していた。
喉が痛む。
静かな空間にただ、それだけがきりきりと響いて。
先程まで探るような目で見ていた男は結論づけるかのように瞬きをし。
足早に室内を出て行く少年を引き留めようとはしなかった。
暫く廊下を歩いて、壁を背に立ち止まるとそのまま前屈みに蹲る。
みっともない、あんな言葉で動揺するなんて。
いや、きっと言葉だけじゃない。
まざまざと思い出される先刻のやり取り。
どうしても自分は偏に向けられるあの眼から背くことが出来なかった。
ほんの微かに、こちらを威嚇するその中で窺い見えたのは。
憐れみ。

「…お前こそ」

何が解るっていうんだ。
胸元を打つ鼓動の痛みに熱い吐息が洩れる。
息苦しさに耐え切れず口を覆い、冷や汗が頬を伝った。
結局、何も変わらなかった。
こんな気持ちを抱えたまま、終わってしまうんだろうか。
不乱拳博士が起こした行動に自分の父を重ねるのは皮肉なことかもしれない。
それでもあの時、最後に見せたあの人の姿は。
科学者ではなく、一人の父親だった。
自分に解ったのはそれだけだ。

会いたい。
死んだ息子に会いたい。

金田博士、己の父もまた同じ人だというならば。
自分は今ここでやっと、底知れぬ父の悲しみを知ったのだ。












終 2008/06/23




うーん、ムズカシイ。
どうなんでしょうか…とりあえず、これはこれで。
ちょっと村雨を意地悪くしてしまった気もします…あひょー

最初の頃の正太郎と村雨はまさに犬猿の仲でしたよね〜
まさかチキンラーメン一杯で仲良くなるとは思わなかったです(笑)
鉄人第二計画が成功する一歩手前で、不乱拳の元に息子の身体が宛がわれたのは
数奇な巡り合わせかもしれないし、必然だったのかもしれないですね


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