あの時、交した約束を。
守りたいと思って。
こうやって必死になる自分を。
君は笑うかもしれないけれど。








感謝の言葉 −かんしゃのことば−




















自分に出来ること。
自分がしてやれること。
何かと、探し当てるのに。
自分がしなければならないこと。

「嘘っぽく聞こえるか?」

微かな笑みを浮かべて。
茶化すように。
大塚は目の前の男に問うてみせた。

「関君から色々と聞いたんだよ、本当に感謝している」

有難うと、そのただ一言が。
こんなにも照れ臭いものだったなんて。
実際こういう立場になってみないと分からないものだと。
そう思ってみたりする。
この男の態度と自分の腑甲斐無さに対して。
最初は憎たらしいぐらいだったのに。
悔しくもそれは図星を突いたもので。
言い返せなかったのは胸の何所かで同意していたから。
初めての出逢いとしては最悪だったのかもしれない。
しかしそれが、こうして目の前に。
共闘する立場の人間として立っている。
未だ違和感が残り、どうも落ち着かなかった。

「君が手を貸してくれるとは正直、思っていなかったな」

こちらに荷担しても批評を受けるだけだと、そう洩らせば。
クロロホルムは何も言わず苦く笑った。
少なくともそう見えた感じで。
あまり感情を面に出さない男だから。
もしかしたら気のせいなのかもしれない。
何を考えているのか依然として分からないのに。
不思議と何故か。
出逢った当初に比べて捉えやすくなったとは思う。
彼の、その心を。

「正太郎君も元気になって良かったよ」

「…そう、見えるがね」

それまで沈黙を守っていたクロロホルムは口を開くと。
遠く、何かを見つめているようで。
視線をやれば村雨と一緒にいる少年の姿が。
その目に映り込んできた。
何を話しているのだろう。
時折、村雨がからかってでもいるのか。
正太郎の表情には照れたような笑いが浮かぶ。
最近では随分と、目にしていなかった光景だ。

「…もう、あんな想いをさせてはいけない」

それは、こちらに発したものというより。
自分自身に言い聞かせているようで。
表情からは彼の微かな苦痛が。
一目で窺えた。
その痛みが一体どんなものかなど。
こちらには読み取る術がないのだが。
不思議でならない。
何故そこまで。
この男は想うのか。

「大塚所長、どうして貴方は南方の島へと?」

突然の問いかけに。
思考が止まり、見つめ返す。
目の前の男が発した言葉は意外なもので。
人にものを聞くなど珍しい、と。
付け添えながら。

「旅立つ前に言った通り…鉄人のことをな」

眉をひそめてこちらを見つめ続ける彼は。
意を理解出来ていないようで。
問い質す姿勢を崩そうとしない。

「しかしあそこは、すでに敷島博士が調査済みだと聞く…なのに」

「いいや、結局わしは何も知らなかったんだ」

眩いばかりの、蜂蜜色の夕日が。
射すように肌へと降り注ぎ。
火照って、熱い。
焼けるみたいに強く、全てが染め上がる。
南方の島でもそれは同じだった。
無造作に覆う草も。
開けた木々から見える海も。
墓標さえ。
光に染まっていた。
美しくも悲しい。
綺麗な色だ。

「鉄人は、どうして正太郎と名付けられたか…」

今更になって、と。
相手は難色を示すかもしれないと思いながら。
躊躇せず、決して言葉を途切らせない。
それがあの二人に対するけじめであり。
己の示す揺るぎない態度だ。
強く在りたい。
ただそう望む限り。

「そして、どのようにして生まれてきたのか」

待ち焦がれた先での不幸。
行き場の失った想いは。
息子の代わりではなく。
本当の息子として。
極々自然な感情を愛おしい人に与えたいという。
それは敷島が復員した時、痛烈に感じた。
あの丘の上で赤子を抱き。
親の愛情に触れられずに育つ子を見つめ。
自分は無二の友人と誓った。
彼を、正太郎として愛す。
金田先生が残した唯一の息子として。
光を受けるべきはこの子だと。
そして父君の願うがままに。
もう一人は葬ろうと。
丘の上でまだ幼い御子を抱きとめて。
泣き崩れた友の姿が。
目に焼き付いて離れない。
恩師に対する口惜しさと。
葬られる一つの存在に。
敷島は涙したのだ。
愛されながらも望まれて生まれられないことが。
どれほど酷か。
生を受けた正太郎も理解していたに違いない。
彼もまた。
一度はその存在を葬られた身。
過去に行われた事実を操縦器に手を伸ばすことで。
受け止めてきたはず。
触れられるはずのなかった父の愛情は。
鉄人を通して受けることが出来ただろう。
分かり切っていたことだが。
それが逆に盲点だったのかもしれない。
鉄人はすでに葬られた存在だという。
金田先生がそう望んだ真意。
視界がまどろんで。
飛び込んできた西日が現実へと引き戻す。
踏みしめる感覚も。
だらりと提げた手も。
溶けてしまっていたかのような。

「そのために南方へ…」

鼻で笑うか。
徐に相手を窺えば。
背の高い彼は空を仰いでいて。
ここからでは表情が見えない。

「…そうですか」

余韻を残すような声音に感覚が痺れる。
話す度に発せられる一つ一つの言葉は。
微かに、確実に震えていて。
止めどないものを堪えるかのように。
その男は夕日に溜め息をつく。
この査問会の日を前にして。

「改めて、自分の無力さを思い知ったよ」

だから。

「敷島も…頼ってくれなかったのかもしれんな」

込み上げてくる熱く鋭い感情。
不快に思うよりも失意が先に立つ。
敷島の行った行為の理由を問いたいと。
そう思う反面。

「これからは二人で正太郎君を守っていこうと…そう誓ったんだが」

あの丘で交した約束は言葉だけの契りなのか。
彼との絆は単に自分が誇張していたものだったのか。
急速に己の存在が小さく見えて。
焦燥感が溢れる。
しかしそれも砂が注ぎ落ちる時計のように。
時間を経てば変わりゆくもの。

「…大塚所長、それは」

「だがね、今回は敷島を許そうと思う」

クロロホルムの言葉を遮り。
笑みを零して、大塚は自然と声を張り上げた。
自分が彼を友人と呼ぶ以上。
第三者から兎や角言われたくないと。
少なからず感じていたこともあり。
いままでもそうして付き合ってきたのだ。
都合の良いお人好しだと皮肉を込め自負しているが。
あの戦後を敷島と共に生きてきたという。
掛け替えのない時の慈しみは。
後悔のないものだと思う。

「あいつだってきっと、考えての行動だ」

そんな風に相手を見据えれば。
微笑んで。
クロロホルムは目を細めた。

「無二の友人とは…君のような人をいうのだろうな」

温かいのか。
冷たいのか。
手探りに足掻いて。
自分が知る限りの面影を。
せめて、せめてと。

「わしは正太郎君に、奥様の愛情を伝えたかった」

細く華奢な指先で。
生まれたばかりの幼い頭を撫でて。
鈴のような声が耳を撫でる。
今でも忘れまい。
発せられた優しい声音。
可愛いでしょう、と尋ね微笑み。
一途にこちらを見つめて。
正太郎をお願いします、と。
静かに目を閉じ息を引き取った女性は。
最後まで我が子を抱き、離そうとしなかった。

「可愛いものさ…あの子は父親に似て賢く、母親譲りの固い意思を持ち」

本来ならば、と言いかけて。
大塚は口を噤む。
虚しさが零れていき。
少年が眩しかった。
これ以上、何を自分は望むというのだろう。
両親の愛情を知っている子は。
それに答えられる程の器を持っている。
大きく、成長したのだ。

「彼は貴方の背中を見て育ったんですよ」

大きく、頼もしく。
守られ、支えられ。
そしてこれからも。
貴方から多くを学ぶ。

「もっと、胸を張ればいい」

崩れ落ちてしまいそうで。
身体を立たせていることがこんなにも。
難しいものか。
ふと差し伸ばされたクロロホルムの手を遮り、断って。
無器用に咳き込んだ。
しっかりしなければ。
こんな時こそ力にならなければ。
ずっといままで。
それを心がけてきた。

背中を後押しする幼い手が。
無事に手元から離れる日が来るように。











終 2005/10




23話を署長さん視点で。
TVシリーズ前半はあまり表に出てこなかった署長さんの正太郎に対する愛情ですが
後半は色んな人の心情が渦巻く中、一つだけ真っ直ぐと彼に届いていたような気がします。
署長さん、最後の最後までお人好しだった。敷島博士に対して(笑)

復員後、あの丘の上で赤子を目の前にして、二人は共に子を育てていくことを誓い合った。
10年間ずっとそれを守ってきたんですよね。いつも二人で正太郎を見守ってきた。
やっぱりあの三人の関係はすごく好きです、ドキドキしますー

敷島が復員した時、正太郎を抱いてはいないんですけど…そうであったら美味しいなという妄想で(待て)


TOPに戻る