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月組日生劇場公演

オクラホマ!

観劇日時 2006年10月15日
15時の部


オクラホマ!

脚本・作詞 オスカー・ハマースタインII
音楽 リチャード・ロジャース
潤色・演出 中村 一徳


 1967年、宝塚初演。当時、僕はまだ生まれていない。
 そんな歴史のあるミュージカルを、轟悠+月組により、日生劇場で再演する。そこに不思議な興味を感じた。

 40年近くも昔の作品。
 ここ10年の宝塚ファンである僕が見たら、現代の宝塚作品とのテンポの違いを強く実感した。現代の宝塚作品ではあまり感じることのない、ゆったりした流れを感じた。
 これが、時代の差であろうか。現代の宝塚作品は、スピード感が求められているとどこかで読んだが、その意味が少しだけわかったような気がした。

 時代の違いは、作品の中でも感じることがあった。例えば、50ドルという金銭の価値。
 現代の金銭感覚でいけば、50ドルはちょっとしたお小遣い程度の額面だ。だが、この作品の中で語られる50ドルは、ちょっとまとまった額の金銭のように語られている。
 金銭という具体的なもの以外にも、現代との感覚の違いを感じる場面はいくつもあった。

 それらを通して思ったことは、この作品は、現代の宝塚歌劇団で上演するには古すぎたということ。
 主人公がカウボーイ。いくら轟悠主演でも、現代の宝塚との激しいギャップを感じた。

 演目は本当にこれでよかったのかと、思わず考えてしまった。
 年1度の日生劇場では、いつもの宝塚と違う作品が上演されることが多いが、ただいつもと違えばいいというものでもない。やはり、時代にあった演目の選択は必要ではないかと思う。


 しかし、観劇していると色々と見所は多い。

 まず轟悠。専科のトップを超えて、ベテランの域に達しつつあるものを感じた。
 上級生として、自分を中心に舞台を引っ張っていく力というものを見せてくれた。轟悠中心で、舞台がなかなかスムーズに流れている。この流れができたのも、月組出演が続いたおかげかもしれない。だが、ベテランらしいリード力には頼もしさを感じた。

 霧矢大夢はやはり一枚違う役者だと思う。
 陰のある孤独な人物、ジャッド。他の登場人物とは明らかに違う人物設定がされている。そんな人物だが、味のある演技で見せてくれた。たとえ違う雰囲気を持った登場人物でも、この舞台にはなくてはならない存在がだと思わせてくれた。

 ヒロインの城咲あい。舞台を重ねて、娘役の華がどんどん身に付いてきている。
 去年の梅田芸術劇場公演、「アーネスト・イン・ラブ」のセシリィもよかったが、今回はさらにいい出来だった。月組の若手娘役のホープとして期待が持てる。

 目をひく生徒は、他にもいた。
 今回の公演では、若手娘役に目立つ役が回っているのが嬉しい。
 例えば夢咲ねね。気の多いキャラクターだが、そこに愛らしさを感じさせる。娘役ファンの僕は、ちょっと注目してしまう存在だった。


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