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2018年06月17日(日)神経質な男?
同じ読書をするにしても、リゾートホテルの部屋のようなところだと、気持ちがゆったりして良い時間を過ごした気分になれる。
リゾートホテルは毎日行くわけにはいかないから、自宅でもそんなふうにできないかと考えてみたけど、リゾートホテルの部屋は自宅と何が違うかというと、ますば室内の空間の広さで、部屋が広いというより、部屋に置いてある物が少なく、整理されているということだった。
もう一つは色数の少なさ。トーンがうるさくない。
自宅の書斎を見渡してうんざりするのは、物が多いことだけど、これは必要な物ばかりだからどうしようもない。
でも、物が多くてもそれをきちんと整理していれば、猥雑な印象はなくなる。
あるテレビドラマで、神経質な男ということを表現するために、その男が部屋にある物が少しでも曲がっているとまっすぐに直すシーンがあった。
視聴者に「いちいち細かくて嫌な男」という印象を与えたいのだろうけど、この少しでもきちんとするということを自宅でやるようにすると、室内の気持ちよさが全然違ってくる。
物が散乱しているということは、無意識にストレスになるのだと思った。
その証拠に、自宅でもかたづいている部屋に自然と居ついてしまっている。
私のやる気を奪い、萎えさせているのはこの書斎の散らかり様だったのだ。
捨てられないのは仕方ないから、せめて、真直ぐに置こう。

2018年06月04日(月)同じ轍を踏む
二度と同じことで失敗しないように、罠にはまらないように、懲りたこととその対策を書いておいて時々それを読み返すようにしているけど、そうしているにもかかわらず、またその罠にかかり失敗してしまった。
「またやってしまった」と後になって気づくけど、どうしてその時、そうなってしまったのか、よく考えてみると、それは「今までにない新しい出来事」だったから、自分のメモに無いこととして注意を怠ってしまったのだった。
こういうことがたびたびあるうちに、むしろ「これまでにないことが起こるのが普通」だとわかってきた。
対策は、「こういうことが起きたら」「こうする」と書くけど、その「こういうこと」の書き方を工夫しないと、新しいことに対応できない。
ネットの時間をどう少なくするかを考えるより、週刊誌を読むことでネットの時間を減らせたように、もしかするともっと根本的に違う方法があるのかもしれない。
そのことを直接禁止するのではなく、別のことをすることで結果として「しなくなる」という方法があるといいけど。

2018年06月03日(日)今日楽しむ
疲れもとれてきて、少しずつ、自分のペースを取り戻してきた。
「明日やる」ではなく「今日楽しむ」、と誰かが言っていたけど、ほんの少しでも「今日を楽しめる」ように、優先順位を少しずつ変えてきている。
ほんの少しでも「今日は楽しい」があると、明日への活力が湧いてくるのを感じるのだった。

2018年06月01日(金)休養をとる
ようやく自分の時間を作れる状況になってきた。
休養もとりたいので、睡眠を好きなだけとったり、休憩するようにしたところ、身体がかなり疲れているのがわかる。
以前、背中や腰回りが痛くて整形外科で診てもらったら、疲労が回復していないから休養をたくさんとれ、と言われた。
今の疲れはそのときのような感じで、不思議なことに、休むとなおさら身体が疲れているのを感じる。
手の指にも浮腫みが出ている。暑くなってくるこの時期、前屈が出来ないほど浮腫みがひどくなって薬を飲んでいたこともあった。
疲れてくると尿も泡立つ。持病の定期検診で腎機能に大きな問題はないけど、こういうのは微妙に腎が弱ってきている気がする。
ふりかえれば、ゴールデンウィークあたりに熱が出る、6月7月頃に浮腫む、というのが程度の違いはあっても毎年恒例で、春から夏にかけては身体を壊しやすいことを思い出した。
突然倒れたりするより、こうしてじわじわ来るほうが気づきにくくて無理をしてしまうので、かえって危険なのかもしれない。
私に不足しているのは、休養と運動、そして、やりたいことと楽しいことをすることだ。

2018年05月24日(木)「お金がない」という口癖
会うたびに、口癖のように「お金がない」と言われると、遠回しにたかられているような気がして不快なので、距離を置きたいなと思うようになる。
「働けば?」とか「XXXXを買うのをやめれば?」などと返してきたけど、働かない理由を並べたり、どうしてもそれを買わないといけないんだ、と、こちらからすれば理不尽な理由を並べたりするので、お金が無いことの解決方法を提案するのは無駄だから、「そんなこと言ってると、友達無くすよ」と返すようにしている。
借金をする人は、まず、親友や恋人より、一段外側の知人に借金をする。親友や恋人や家族には迷惑をかけたくないし、嫌われたくないからだ。
逆に言えば、借金を申し込まれたり、たかられたりするというのは、「親しく思われていない」証でもある。
だから切り捨てても問題ないのだ。
とはいえ、口癖のように「お金がない」と言う人は、意外と多い。
だから、そういう人をすべて切り捨てるのは現実には難しい。
心の中でその人の顔にイエローカードを貼り付けておくしかないのだ。

2018年05月21日(月)週刊誌を買う勇気
私は週刊誌を連続して毎号買うということは初めてだ。
昔から、マンガ週刊誌を買ったことがほぼないどころか、マンガ月刊誌を多いときでも2種類ぐらいしか買わなかった。
むしろ雑誌を全く買わなかった月のほうが多い。
雑誌を買うのはとてもお金を使うし、すぐに溜まってかさばるためにそれを捨ててしまうのがもったいない気がして買えなかったのだ。
だからマンガの雑誌をよく買っている人がうらやましかった。
「お金がない」と口癖のように言いながら、週刊誌を毎号買っている人を見ると、だったら雑誌なんか買わなきゃいいのに、とあきれて同情する気になれなかった。
今買っている雑誌は、楽天のポイントで支払うことが多いので、現実にはあまりお金をかけていない。
週刊誌は定期購読にすれば安くなるけど、興味のない号は買わずに、必要な号だけ買って、出来るだけポイントで支払っているほうがお金がかからないと思う。
一ヵ月約3,000円の週刊誌を買うにあたって、そのお金の捻出を自分に納得させるには、習い事をしているとでも思うことにした。
買うからには、最初の1ページから順に隅から隅まで読むことにする。
そう決めてから、興味のない記事でも「もったいないから」と読むようになったけど、読んでみると自分の世界が少し広がった気がするのがいい。

2018年05月19日(土)ネットから雑誌に移行
忙しすぎて、予約した歯科に行き忘れたり、書類を無くしたりして、今までなら絶対ぐらいしなかったミスが出てきていることに、危機を感じている。
持病の検査結果も少し悪化していて、心身ともに休養が必要だと切実に感じるこのごろ。
何でこんなに忙しいんだとカレンダーを確認したら、今月だけで家族を病院に連れて行くのが10回。
しかも待ち時間が強烈に長いので半日や一日が丸潰れになる。時間が無いわけだ。
来月になれば少しは休めるから、それまでもう少し頑張らなければならないけど、その「もう少しだけ」を無理できるかどうかもわからないし、「もう少しだけ」の無理が意外と大事になりかねない。
パーッとすべてを投げ出して休みたいけど、それが出来ないのが困る。
強烈に長い待ち時間に、近頃は週刊エコノミストを読むようになり、自宅でも休憩にと読むようになった分、ネットの時間が減ってきた。
ネットで情報をかき集めているより、プロの作った記事を読むほうが情報の質も量も勝っているし、それを得ることにかける時間も短いため効率が良く、また、紙本は目にも優しい。
何かを止めるには、そのものを無理に制限するより、より良い別の事をするほうが楽に解決するのだった。

2018年05月13日(日)体調不良で時間がない
ゴールデンウィークに2回風邪をひいて体調を崩して、ようやく回復してきた。 体調が悪くてもゆっくり休んでいられない用事が頻発したせいもあって、休養がなかなかとれずに無理をして回復が遅れたのだった。
怪我のときも懲りて「早い段階で休む」ということを守るようになったけど、体調もそうだとつくづく思う。
だから稀勢の里が休場続きでも、しっかり怪我を治すまではどれくらいでも休んでいいよ、と思うし、羽生結弦も無理しないでほしいと思う。
それはそれとして、やはり気持ちはあせる。
この4月からサイトに新企画をと思っていたけど、忙しさと体調不良のせいで、なかなか原稿が作れないで日だけが過ぎてゆく。
自分の一番やりたいことがどうしてこうも後回しになってしまうのだろう。
やりたいこと、すなわち、自分が得意なことややり方がわかっていることは、「すぐできるから」と意外とあとまわしにしてしまいやすいようだ。
それに、語学やヴァイオリンの練習のように習慣的に毎日やることは、自然と一日のうちにその時間を作るけど、原稿のように集中的にやることは、つい、まとまった時間があるときにやろう、でも今それだけの時間がとれないから、このわずかな時間でできることを先にやってしまおう、と思ってしまうのだった。
この小さな単位のことを日々やることで、それが大きな時間を食っているということにようやく気づいた。
やり方を変えないと、このままではいつになっても出来ないままになってしまう。
とにかく5月中には少しでも原稿を作ろう。