第2話 羊水検査

平成9年9月16日(火)初めてH病院へ。

 朝7時、カズを託児施設へ預け、夫と二人でH病院へ。1時間ほど車を走らせると、小高い丘の上にリゾートホテルのような立派な建物が現れた。


「あっ、あれかな?」
 運転している夫が言った。まさか、そんなはずはない。国立の病院は「古くて汚い」と相場が決まっているものだ。標識に従ってさらに進むと、なんとその建物がH病院だった。
「ひぇーっ、すごい、すごい! めっちゃきれい!」 はしゃぐ私の横で、
「税金のムダ遣い・・・」 と夫がいやみを言う。





 朝早く家を出てきたが、診察はお昼頃になった。
 まずはエコー検査。通常の検診では3分ほどで終わるこの検査も、異常が見つかると1時間はかかる。先生はモニターを見ているからいいけれど、こっちはおなかをポコンと出したまま天井を見つめているしかない。節穴の一つもあればいいのに・・・。退屈だぁー。

 次に診察室へ。今度は夫も一緒に。診察室といっても、長い事務机があって、会議室という雰囲気だ。机のこちら側に夫と二人並び、向こう側にT先生と若い女の先生が座った。まるで面接のようだ。
 T先生から説明を受ける。
 診断はやはり「臍帯ヘルニア」。この病気は、心臓、脳、手足、口などの他の奇形を合併することが多い、という。染色体異常の可能性も高く、かなりの確率で合併する、という。
 染色体異常は、ダウン症をすぐに思い浮かべるが、あれは染色体21トリソミーの異常。その他よく合併するものとして、13トリソミーと18トリソミーがあるが、この2つの場合は胎内では育つが、母胎外では死亡するケースが多い、という。つまり「死産」というわけだ。
 羊水検査によって染色体異常が見つかった場合、それが21トリソミー(ダウン症)であれば、生存の可能性が高いので、帝王切開で取り出しすぐに臍帯ヘルニアの手術を行うことになるが、13トリソミーと18トリソミーの場合は生存の可能性がないので、新生児の手術は不要となり、母体への負担を最小限にするために自然分娩になる、という。

「何かご質問は?」 ほら、来た。このために私たち二人はEメールでやり取りをしてきた。質問したいことを互いに出し合い、項目ごとに整理した。何回かのやり取りで、質問は「簡潔かつ明瞭」になっていたのだ。さぁ、順番に質問していくわよー。一つ残らず思い出して・・・。
 と、その時、夫がノートパソコンを取り出し、長机の上に広げた。T先生の説明を聞いているのかいないのか、カチカチとキーボードを叩き、パソコンを立ち上げている。そして準備が整うと、おもむろに質問を始めた。T先生が何か答えると、それをまたキーボードでカチカチ、入力している。T先生の横に座っていた若い女の先生は、一体何が始まったのかとびっくりした様子だ。私だってびっくりした。何もここで開かなくても・・・。

「臍帯ヘルニアは、よくあることなんですか」 私はM病院と同じ質問をした。この病院なら患者さんが集まってくるだろうから、よくあることなのではないか・・・。
「この一年間には、ひとりもおられませんでした」
予想を裏切ってくれる。やっぱり「4,000人に一人」か!?。

 臍帯ヘルニアやその手術については「小児外科の方で聞いてください」という。
3日後の金曜日の小児外科の予約を、T先生が取ってくれた。

「出産までに何か気をつけることはありますか?」
「いえ、特にありません。普通どおりで結構です」
悲しかった。赤ん坊のために、私自身のために、何もすることがないというのは、悲しかった。

 それにしても、無理を言って夫に年休を取ってもらってよかった。こんな気が遠くなるようなすごい話を一人で聞いていたら、どうなっていたか・・・。

 「分娩方法や処置が違ってくるので、できれば羊水検査を受けてほしい」というT先生のリクエストにお答えして、早速受けることにした。羊水検査は、お腹に針を刺して羊水を採取するのだが、その針が胎児に当たったり胎盤を傷つけたりして命を落とすことも有りうる、という。そのため承諾書にきちんとサインがいる。
 T先生に連れられて病棟の分娩室に移動する。手術着に着替えてベッドに横になる。若い男の先生と若い女の先生が加わり、準備が始まる。
 そこへもう一人、先生が現われた。いま学生がこの病棟に来ているのだが、羊水検査をするところを見学させてもらってもいいか、と言う。断わるうまい理由が見つからず受けてしまう。高校生に見まちがえそうな医学生が6,7人、入ってきた。苦労を知らない平和そうな顔つきだ。

 T先生がエコーで赤ん坊の位置や動きを入念にチェックする。その上で針を刺す場所を決めるのだ。胎児は30週(妊娠8ヶ月)、大きいし動きも激しい。「安全な隙間」を見つけるのは難しい。私は「羊水が少なめ」だから、なおさらだ。

「ここから刺しましょうか」 やっと場所が決まる。
若い男の先生が、赤ん坊が動かないように私のお腹の上から、両手でぐっと押さえ込みに入る。若い女の先生が針を構える。長さは20センチぐらいか。赤ん坊よ、頼む、動かないでくれ。
「ちょっとチクッとしますよ」
チクッ。医学生が一斉に「イテッ」という顔をした。針はどんどんと入っていく。注射器2本に羊水が取られた。

 検査が済んで待合室で待っていると、しばらくしてT先生が羊水を梱包した包みを持ってこられた。他の病院へ検査を依頼するので宅急便で送ってほしい、と言う。へぇー、患者が自分で送るの? 一階の売店に行って宅急便を出す。 受付のおばさんは、宛先を見るなり「あぁー、羊水ですねー」と言って、送り状の「品物」の欄に「羊水」と書き、「ワレモノ」に大きくをした。ん? ちょっと待てよ。「羊水」ならば、「ワレモノ」ではなく 「ナマモノ」ではないのか!?
 すべてが終わったのは3時ごろだったか。夫と私は病院内にあるすし屋に入って昼食をとった。私はちらし寿司を食べた。食べても食べなくてもどちらでもいい、という気分だったが、どこかに座ってエネルギーの補給をしなくては倒れそうだった。散らし寿司は美味しかった。お店のご主人の気持ちのよい応対がうれしかった。