Andre DUPLESSIS " A et A "
2004年4月7日-4月18日

於:ギャラリーメゾンダール(大阪)


フランスに生まれ、日本に住む画家、アンドレ・デュプレッシの新作約40点を展示販売いたします。日本の墨を作品の中に取り入れた独自の抽象の世界をお楽しみくださいませ。

もう一つの園   セバスチャン・クロエ
アンドレ・デュプレッシの画は伝統に裏づけされたものが織りなう2つの世界の出会いでありながら、必ずしもその枠にとらわれない。それは同時に日本から見た西洋文の読解、表意文字、新しさへの探求を併せ持つものなのである。彼の作品は東洋と西洋のあらゆる対置的要素を一掃しながらも、従来のエキゾティスム的エロティスム色をを排したところに一つの緊張感、交わりを求める。東洋と西洋の間で作者は自問しながらこの2つの世界の間の様々な境界線を独自の視点で読み取ろうとしているかのようである。東洋はどこから来て、西洋はどこに向かうのか、、、彼のこの2つの問いが創意と技巧を介し作品に間(ま)と時(とき)を定義するのである。そして彼は絶えず描く、秘密も空間もない園、すなわち時(とき)の園<もう一つの園>を。

素材はデュプレッシの作品において重要な部分を占める。常に新しく、一貫性を持たない素材使いは作品に用いられる言語とイメージ(画)の融合を可能にする。布、土、陶器、金属、紙、竹、木材などの研究にも余念がない。例えば和紙はその製作から始まって彫刻、浮き出し、版画、折り紙などのテクニックの試行、竹は割いたり剥いで見たり、あるいはそのしなりと曲線の探求、木材は形にしたり、燃やしたり、すり減らしたり、削いでみたり、、、。とりわけ紙は、彼の作品とその呼称の土台をなす重要な素材である。

大部分の作品の中で、紙の存在は、ニスの塗られた地味な額縁から離れ(を取り払い)、引き立てられている。そして彼はそこに画と書、反復と変化の間で、柔軟でいて硬直、静かながら時に激しくぶつかり合い、議論ともすれば戦闘に入らんとするアクリル絵の具と金属絵の具、竹や金属、木材たちのいわば‘国際会議’を組織するのである。

常に起伏を伴う和紙の上で、唯一色彩はきつね火のような、微かに聞き取れるだけの聴覚映像をこだまのように醸すムードを漂わせる売り子のような(淡い)輝きを放つ。そんなデュプレッシの色彩 はけして彩色としての意味を持つものではない。それは彩を施すために用いられるのではなく、一つの独立したオブジェ(対象)であり、視覚ではなく知覚を振るわす作品の最も重要な要素をなすのである。

もし、彼の影に対するアプローチがピエール・スラージュの黒を想起させるとしたら、彼はむしろそれを光との組み合わせのなかで一層、起伏や非両立性、相異性に強調を加えながら用いている。影は、ねじれやうねり、書の抑揚や建築風の構造を介し、トルコ石(青緑色)やカーミン(洋紅色)の裂け目、オークル(黄土色)、錆色、ベージュの静かな面 、そして‘無限’の上に浮かび上がる金と銀の輝きまで、画のそれぞれの要素の関わりのあり方として配置されている。

デュプレッシのエデンの園、すなわち時は期間を意味しないという彼の園には不可知の樹がある:画家というものは己を理解しているのだろうか?世界は?絵画はどうか?…悪い冗談だ!律動(リズム)の園の中、各イメージは映画のように動きを持ち、それぞれに異なり、それを押さえつけうるあらゆるものを逃れる。作品それぞれは東洋と西洋の神話にも似たストーリーを語りかけながら、その間で2つの世界の今後を謎めいた面 持ちで問いかける。

この園を耕す(画を論理的に熟考、理屈づける)というのは、極端なリスクを犯すということ:発言し企てると言うリスクであり、成功のためとはいえだれもあえて犯そうとしないリスクである。

2001年ローザンヌのギャラリー Corps & Scèneにおける彼の作品の展示、ついでグルノーブル