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     「サハラ砂漠地域僻地村落への緊急無線連絡網建設事業」実施報告書

                     (地名 無線局設置順番号、後( )地図上照合番号)

                                    テクニカルリ−ダ−・石塚忠信  報告( JA1CPS )   
2003年                                                                                            石塚レポ−タ
2月1日:15時30分、派遣専門家先発グル−プ(林義雄、林節子、木場義勝、中田仁)4名は、フランス航空
・AF764便にてNouakchott着、空港ではモ−リタニア側カウンタ−パ−ト、「チシット文化教育協会」
リマン・アハメドウ代表並びに現地技術責任者、マホメド・ボウラ氏等の出迎えを受けた。
同日、機材贈呈式の後、作業実施日程の打合せ、日本より航空貨物便で届いた資機材の検収、現地購入機材
(ソ-ラパネル、バッテリ−、アンテナ用パイプ、ステ−用鉄線の代金支払いなどを行った。
当夜より一行はNKC(ノアクショット)の宿舎泊。

      
  日本から持ち込まれた機材      機材を確認するボウラ         機材贈呈式、現地代表と林代表  

2月2日:早朝から、ランドクル−ザ−車両2台に対し車載局の取り付け作業を実施、これらの車両は、
2日前サハラ中央部からNKCに到着し、我々日本人技術者の来るのを待っていたという。
使用周波数は、モ−リタニア郵政省より正式に免許を与えられた 前回と同じ“7.831MHz”である。
また、作業に従事する人数が少なかったこともあり、道路上で取り付け作業中に、トランシ−バ−1台が盗難に遭った。
今後は要注意。

      
 車載局の取付指導             交信テスト 

2月3日:首都NKCの南方170Kmにある僻村、@MOUYASSAR(7.3)とABOUTILIMIT(7) の小学校に固定局を
建設した。

    
 ソーラパネルの取付       アンテナの組立                    アンテナの取付

     
  首都NKCと交信成功で喜ぶ村長        無線連絡網の開通を喜ぶ小学校生

2月4日:無線局建設に必要な機材を、前もってサハラ地域南東部に向けトラックで発送。
午後、固定局建設のためマリとの国境に近いROSSO(7.2)を訪れたが現地側の事前調整が十分でなく、建設作業が
実施できずに帰還した。深夜、後半グル−プ(石塚忠信、川西俊和、伊藤寧夫)の3名がスペイン機で到着した。
フランス航空乗務員組合のストのためエ−ルフランス機は飛ばず、結局9時間遅れの到着となった。

2月5日:日本人技術者3名(川西、木場、伊藤)と現地人技術者、ボウラ、道案内のベナニなど計5名の
南部地域担当グル−プがNKCを出発。
石塚、中田、林3名は、NKCの宿舎前で車両局一台取り付け作業。
SWR1.1で最高の結果を得た。また、これから先サハラ全域で作業する技術者グル−プと連絡を取るため
NOUAKCHOTTに第二中央連絡局1局を建設した。
   
  移動局の取付工事          連絡用の基地局              南部地区担当Gの積込出発    アンテナを大切に収容

2月6日:午前中、OUADANE(5)からやってきた車両に石塚、中田により車載局1台装着。
SWRは1.2で結果は優秀。
15時30分、早くも南部担当作業グル−プによりBAYOUN(3)に固定局完成、続いて18時10分、
CBAKITAHER(3.3)の固定局も開局中央との通信テスト・
結果OK

  
無線機を設置する南部の村長宅      固定局の設置工事         設置後、首都と通信テスト

2月7日:朝7時、石塚忠信、中田、現地エンジニア、スマラ氏3名の北部地域担当グル−プがランクル1台で
NKCを出発。
7時30分。南部グル−プからは、最遠地点DNEMA(4) に固定局完成の連絡。通信テスト良好。早朝5時から
作業を開始したとのこと。NEMA(4) の局は、女性オペレ−タ−1名と少年オペレ−タ−の2名で運用されることが
報告された。11時00分EDARSALAMA(3.8)に固定局完成。13時30分FELBARANIA(4.3)にも完成。
   
 最南部設置官舎            設置機材の確認           屋上に設置したソーラ        設置後の操作説明会

一方、北部担当グル−プにより16時30分、 サハラ砂漠北部丘陵地帯のGKHAYATA(5.3)に固定局完成。
通信テスト良好。19時00分HOULD-GUELA(3.1)、
JTIMBEDRA(4.3) に2つに分かれた南部グル−プにより
局建設完了。同じく19時00分北部グル−プは、ILOUEIBDA(5.4) に固定局完成。
     
北部官舎にアンテナ設置      通信テストをする村長           設置後の操作説明会

多くの完成局が、昨年建設したTICHITT局をコ−ルするのが、NKCの中央局でも傍受できた。TICHITT
ユネスコの古代遺蹟にも指定されているように、サハラ砂漠最古の交易地であり、サハラ全域に生活する住民の
祖父、あるいは曾祖父がほとんどこの地の出身者であることから、各局ともTICHITTの交信が一つの夢であり、
この日も「AYOUN
TICHITT に別れて住んでいた家族が十数年ぶりで会話を交わすことが出来た」と感激の報告が
伝えられた。

2月8日:9時20分 南部(川西、木場)グル−プによりKHASSI NBEG(4.1) 局完成。
10時00分、 同じく、南部(伊藤、ボウラ)グル−プにより、LBEDER(3.2)局完成。
13時20分、 北部グル−プにより、サハラ砂漠北部、ユネスコ指定古代遺蹟の一つ、MOUADANE(5)に固定局完成。
ここは将来北部地帯の連絡中心とも
なるべき重要基地局である。
北部グル−プはこの後、次の設置地点ATAR(5.7) 向かったが、行政上の都合から設置作業は行えず、当地は、
後日現地エンジニアによる建設作業に託することにした。
21時00分、 南部グル−プによる作業が夜間も続けられNVAR SDER(3.5) と通信テスト成功。ただし、一時SSBの
変調が不調となるトラブルが発生し心配したが、電池電圧の不足(11ボルト程度)のためと判明。ドライ型蓄電池は、
液を注入してから2時間以上経たないと正規の電圧(12.5V) が出ないことが原因であった。
   
南部の村にソーラパネルの設置     設置されたアンテナ            夜間作業になり、ラクダもラクでない    室内に設置された本体

2月9日:朝、9時00分 OTAMCHEKET(3.4)局が南部グル−プにより完成。
北部グル−プは、JBEYLIYAT(5.1)についても、ATARと同様の問題点があり、作業を現地技術者に委託してKNCへ
向け帰路についた。南部グル−プは、14時 にPBOUGARA(3.7)、18時にQAINRAHMA(3.6) と相次いで完成。
予定の設置拠点をすべてクリア−して、翌朝早く最終地点AINRAHMA(3.6) を発ってNKCに戻る予定。
これは予定した日程を2日間も短縮したことになる。深夜、北グル−プが宿舎に帰着。
    
BOUGARA無線局全景           同じく屋上のソーラパネル      AINRAHMA局の通信テスト

2月10日:午前中TICHITT 所属の車両に不具合ありとして、再調整のため来NKC。2時間の作業で調整終了。
19時00分、 南グル−プが宿舎に帰還。6日間で約2,800Km(青森から鹿児島までほぼ日本列島縦断する距離)
の砂漠の悪路を走破したことになる。まさにパリダカラリ−並みの苛酷なドライブであった。

2月11日:BOUTILIMIT(7)、MOUYASSAR(7.3)のトランシバ−をチャンネル表示から、周波数表示に変更するため、
林、石塚、中田、ボウラの4名が同地を再訪した。

2月12日:TICHITT 所属車両のDX−701・トランシバ−にチャンネル切り替え動作の不良が発生、修理のため
トランシ−バ−を交換、セットを日本に持ち帰って原因を分析することにした。
午後、次期計画について、カウンタ−パ−ト責任者、リマン氏と打合せ会議外部監査法人(小林税理士事務所)へ、
作業終了報告書をFaxした。
       
        
現地担当役人と打合せをする、林 代表

2月13日:手荷物通関を済ませ、午後宿舎を出発。モ−リタニア航空・MR461便でセネガルのダカ−ルへ向かう。

2月14日:在ダカ−ルの日本大使館を訪問。中山二等書記官に口頭による事業終了報告を行う。

2月15日深夜、ダカ−ル発、パリ、ミュンヘンを経由して2月18日早朝、成田帰着
今回の事業内容は固定局建設19台、車載局取り付け7台、その他修理、再調整など5局、前回(2001年10月実施)
からのIARV日本人技術者による
通算設置無線局数は固定局26局、車両局8局。合計34局となった。
モ−リタニア技術者によって追加設置される固定局10局を加えると、稼働無線局の総数は44局となり、
当然懸念される混信に対処するため、今回「チシット文化教育協会」では、郵政当局に対し、さらに6チャネル
(3周波数)の新設免許を申請した。

*今回の「サハラ砂漠僻地村落への緊急無線連絡網建設作業」は、砂漠の悪路28,00Kmを走破し、砂と岩と
そして日中は50℃近い気温と戦いながら、通信手段の無い過疎地への援助活動は非常に苛酷な旅であったが、
現地の方々からは最大の感謝の言葉を頂き、ボランティアとしては大きな喜びと満足感を抱いて当計画を終る
ことができた。
                                         ( 以上 )

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