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コスプレイヤー
ヴァイオレット・エヴァーガーデン
家庭教師ヒットマンREBORN !
賭ケグルイ
第五人格(No.1)
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ヴァイオレット・エヴァーガーデン

女性写真家アナスタシア・ヴォルコヴァによるヴァイオレット・エヴァーガーデンのコスプレ衣装を纏った外国人少女。どこかうつろげで物悲しさも漂って見える。16歳くらいだろうか、青い瞳と金髪は本物かもしれない。日本アニメに憧れる外国人ファンは実に多い。写真家がロシア語でインスタグラムやWeb公開しているから、ヴァイオレットの被写体コスプレイヤーもロシア系の少女なのだろう。オシャレで素敵なWebサイトなので、なるほどレクチャーのテクもいろいろ学べるところが多いようだ。

原作:暁佳奈、キャラクターデザイン:高瀬亜貴子、アニメ制作:京都アニメーション、作品『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(2018年)の世界観は、私の心に深く突き刺さるアニメだ。何度観ても素晴らしい。人はなぜアニメの世界の登場人物に、コスプレをしたくなるのだろう。特に若い女性にはコスプレをしたくなる衝動的感情移入が高いようだ。若い女性に限らず若い男性にもその傾向は見られる。一種の憧憬のようなものが、ファンタスティックに陶酔をそそる何かが魅力となり、気持ちも高鳴ってくるのだろう。アニメにひそむ、たまらないキャラクターの魅力、あるいは映画などにも登場して来る人物のキャラに、つい自分もマネてみたくなる陶酔型アドレナリンのようなものが湧いてきて、その役柄になりたくなってしまうエクスタシー的な表現形式なのかもしれない。それほどまでにしてコスプレに執着してしまう純心さは、ある意味、すでに役者の要素を含んでいて、表現者の一人でもあるだろう。器用か不器用かは問題ではなくて、表現したくなる本人の本能的な意志とみたほうがよいかもしれない。はたから見て美しいのか、カッコイイのか、鏡に映して見える自分の姿に、自分という姿を、どんな眼で自らを眺めているかは、他人が意見することではなくて自分の素直な気持ちの現われとして見つめるわけだから、ナルシシズムに拘泥する必要はなく、暗にこれも昨今の一つの時代のコスプレ文化の一端として捉えるべきなのであろう。何より楽しいということが、蓋然的にも前提となる大衆的な社会現象なのだろう。

昔は無くとも今あるコスプレ文化は、誰もがエンジョイできるものだが、ただ、都会で開催されるコスプレのイベントには、一部に顰蹙を買う要素が多いのは事実。開催予定日を変更しながらの今年2020年5月2日~5日に東京ビッグサイトで開催予定だったコミックマーケット98は、今般の新型コロナウイルス感染症の世界的流行(パンデミック)の猛威襲来によって、感染拡大防止の観点から開催は結局中止となったわけだが、そもそもマンガ同人誌即売会から始まったマーケティング、今はコミケと称して大イベントに様変わりしたものの、年2回夏8月と冬12月に開催されるコミケ自体のその趨勢ならびに台頭には著しいものがある。第1回目のコミックマーケットは1975年というから、45年の歴史があるわけで、そんな45年目のコミックマーケットが初めて開催中止というのは、今の若いファンたちにとっては何とも嘆かわしくもあり、とても憤りには耐えられそうにはないかもしれない。

まあ、人生にはいろんなことが起こり得るわけだけれども、日本アニメの隆盛が凄まじいことには変わりない。さまざまなキャラクターに自分を重ねてマネてみたい気持ちは、素直に尊重すべきである。現実社会とはかけ離れた異世界に自分の気持ちを投影することはとても大事である。個々人によってそれぞれ違う現実は悲惨であったり、妥協との息苦しさや無理解、あるいは心の片隅にしまっておきたい希望や夢などに、そっと束の間の自分だけの時間を紡ぎたい、といった新鮮な感情は素直に大切にすべきであろう。そんな感傷的なことではないと思う人もいるだろうが、分を超えてコスプレをするほうも近寄って撮影するほうも、勢い余って過剰なフェロモンの虜(とりこ)に堕ちてしまうケースもあるとしたら、そこは素直に軌道修正したほうがいい。コミックマーケットの理念である「コミックでみんなが幸せになれる共有感」は維持し続けたほうがよい。

恐ろしい感染症COVID-19で屋外での密集密接が危険とするなら、次の開催のためにはどうしたらよいか、2メートル位のソーシャル・ディスタンスは必要だし、何らかの高い装飾壁を屋外に建てて、レイヤーたちが最高のパフォーマンスで存在感を現わせるような、そんな空間の背景とアングルのなかで、まるで屋外型マンガ美術館のなかにでもいるような表現者にするとか、垢抜けた何らかの先進的な工夫も必要ではなかろうか。例えば、映画『アリータ』(2019年)のような動きも見せられるようなバックグランドをちょっと設置しておくとか、アニメ『Fate』シリーズに馴染んだようなロケーションを確保しておくとか、3次元的な場所でのパフォーマンスも可能な場所だとか、前向きに志向すべきかとは思う。床が低い円形のシンプルな舞台劇場型のステージがあって、観客やカメラマンはソーシャル・ディスタンスを守り、360°どの角度からも観覧できる屋外型の前面と背面のあるステージを設置するとか、そういった工夫が出来ないかぎり今後とも開催は難しいだろう。ステイホームとなってしまった各人が自宅でオンライン動画配信するのもいいが、コミケのイベントだけは参加人数を縮小してでも前向きに開催して、あまりみみっちいことは考えないほうが、ずっと楽しいはずである。




さてと、ここで昨年2019年12月7日に山口県政資料館で撮影してきたコスプレイヤーの一人を、ちょっと紹介しておきたい。コスネームは本人に直接手帳に書いてもらったのだが、今はあえて伏せておく。同じ月の12月28日に、ときわファンタジア2019で再び偶然にも彼女と遭遇し、この時はゲーム『第五人格』の連れ二人と一緒に遊園地内を3人で同行していたところを私が声掛けして、撮影に応じてもらったのだが、どうも県政資料館であのとき撮影した女の子と同一人物のような気がしたので、のちに確認してみると案の定だった。資料館ではアニメ『賭ケグルイ』の桃喰綺羅莉(ももばみきらり)のコスプレで、ときわファンタジアではアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の巴マミのコスプレであったから、最初はよく判らなかったがどうもあのときのレイヤーのような気がしていたのだ。12月28日に長い裾の長尾景虎ふうの衣装か何かで、ときわファンタジアに行くようなことを資料館で言っていたのを私もどことなく記憶していたから、当日その日自然と足が向いていたのかもしれない。クリスマスシーズンのイルミネーションで飾られた夜のファンタジアを夫婦二人で楽しむのもたまにはいいかと思って、寒いが夜景撮影に出掛けたのだった。

ときわファンタジアで会話しながらコスプレイヤー3人を1時間かけて撮影していたら、すっかり陽が落ちてしまい、急に寒くなり始めたので、「寒い寒い。みんな、あっちでコーヒー飲もうよ、おごるからさ」とわたしは、公園内にある近くのレストハウスに3人を誘った。妻とわたしと5人で温かい飲み物を飲みながらみんなで話していると、レストハウス内での過ごした時間がみるみる経ってしまい、わたしはイルミネーションがキレイになって来たので、再び夜景を背景にして撮影に誘った。その時の写真が下の画像である。いずれこの時のフォト・コレクションもいろいろ紹介できたらなと思っている。


巴マミのコスプレをしていた彼女は、実はまだ13歳の中学1年生とのことだった。わたしが「親としては心配してんじゃないの?」と訊くと、彼女は「全然。うちの親はコスプレはどんどんしたほうがいいって、勧めますね」とのこと。「へええ。そうなんだ」とわたしは意外な返事におどろいて、いろんな家庭があるもんだと感心してしまった。『第五人格』の二人はそれぞれ電車で帰宅予定とのことで、宇部には遠方から数時間かけて来たらしい。13歳の巴マミは親の車で御帰還とのことだった。3時間くらい一緒に過ごした楽しいひとときは、あっという間だった。この時の思い出を何とかWebでいい形のレイアウトに仕上げられたらなと思い、今日に至っている。あれから半年が経ってしまい、彼女たちはもうすっかり忘れていることだろう。

ところで、桃喰綺羅莉なる者は青い瞳に青い唇の白髪三つ編みという、けったいなキャラで、ウィキペディアによると「独自の階級制度が採用された富裕層の生徒が通う名門学園で繰り広げられる学園ギャンブルストーリー」という、河本ほむら原作・尚村透作画の日本マンガだそうで、新都社に投稿していた『ドミニウム〜極色少女賭博伝〜』が原型とのこと。題名からして、おそるべし学園ドラマのようではある。ストーリーにはついてゆけないので、あくまでコスプレ姿の外観だけで楽しませてもらった。下の画像をクリックしていただいたら誠に幸いだ。


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文 / 一部撮影 古川卓也
(2020/06/16)
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制作・著作 フルカワエレクトロン

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