"Valentine's Day"

大学の講堂に何気なく張られていたポスターが、ある事件の発生確率を彷彿させた。


Pa = (VDの慣習)×(aのVD認知度)/(aの人気度+aの・・・
# VD=Valentine's Day
# a =

  

White Lie & Day€ -Side C-


「どうされました?教授」

声をかけられて我に返る。講堂の前で棒立ちする俺をネオンが見ていた。

「また学会のネタでも思いつきました?」
「いや…ネタにはならない、な…少なくとも専門が違う」
「はぁ」
「しかし何か手を打たないと…」
「はぁ…何かお手伝いできることがあればおっしゃって下さい」
「ああ…ちょっと出てくる」

腑に落ちていないネオンを一瞥し、大通り沿いの出口に向かった。


---


俺の計算が正しければ、 周辺におけるバレンタインの事件発生確率はかなり高い。
であれば、先手を打つ必要がある。バレンタインに向け、粗方準備して当日を迎えた。
準備の過程で仕方なく打ち明けた友人には、
新手のジョークかだとか、ついにヤキが回った、だの言いたい放題だった。

正直、らしくなことをしているという自覚はあった。

今となっては、普段とは勝手が違う分、気をつけるべきだったと思う。
計算式に、 の奇行度を入れることをすっかり忘れていた。


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「は?」

自分でも驚くぐらいマヌケな声がでた。
バレンタイン当時、いつもと違う様子でやってきたは、
リボンのかかった箱を手渡してきた。

「いえ、だからその、プレゼントというか、チョコです」
「…なんで?」

プレゼントというか、チョコ……。チョコ?

「なんでって…あ、ほら、前に板チョコもらったのでお返しに」
「…ふ~ん?」

そういえばそんなこともあったな、と思い起こしている間に、
はそそくさと部屋を出ていた。


「・・・・」


手元に残されたチョコ、部屋に残された俺…どうしろと?




ガチャ…


「今、 が走っていきましたけど、何か――…」


ネオンが入ってきて、視線が俺の手元に移ると、納得した顔をした。


「…なんだその顔は」

「いえ、 らしいなと思いまして」

「…何が?」

「…それ、チョコレートですよね」


包み紙だけで、そう言い当てた。
どうやら俺が理解できないことを、ネオンは理解しているようだ。


、日本の慣習を実行したのでは?」

「・・・」


完全に盲点だった。正直、他の男に先手を打たれる可能性は考えていたが、
まさか 自身が行動を起こすとは思いもよらなかった。


「…女性から贈り物をするんだったな」

「チョコレート限定で、学生の間では一大イベントらしいですよ」

「…それ、誰情報?」

「リーです」

「…」


あいつも折角ルームメイトにしたわりに、 にアメリカの慣習を教えるどころか、
から日本の情報を引き出しているだけなのでは・・・と思い、頭が痛んだ。


手に収まったチョコレートの箱を見て、ため息がでる。

ネオンにさらに話を聞いたところ、日本では上司やお世話になった男性にも
チョコレートを贈る慣習があるらしい。
人生の、比較的大イベントで、まさかのカルチャーショックだった。



机の中にしまったプレゼントはどうしようか。

”こんな簡単な見落とし、ある意味恋わずらいですね、教授”

とネオンに言われ、余計にため息がでた。





---





その日以来、 は俺をさけるようにしていた。
ここまで思い通りにいかないと、将来有望とさえ思わせる。


しかしおかげで全くコンタクトがとれないまま3月になってしまい、
結局ネオンに、部屋にくるよう伝えてくれと頼んだところ、

”お返しの日である14日”にしたほうがよい、と言われ、

それじゃ14日までに捕まらなかったときは、と伝えた。


普段なら、すぐに片付く用事は先延ばしにしない。
だが今回は、バレンタインでの見落としもあるので、注意深く進めることにした。


正直なところ、 が俺を異性として認識しているかは、定かではない。

にとって初めての海外生活で、あれこれ世話を焼いたので、
そういった拠り所として捉えられているとも考えられる。
その場合、俺の申し出を断ったら、その拠り所がなくなってしまう、
という脅迫を抱かせてもいけない。

また別の視点で考えれば、
自身、そういう拠り所として俺を必要としているのか、
それとも違うのかは、よくわかっていない可能性も考えられる。

にも、少し時間があったほうがよいだろう。


ついでに、妙に俺を意識しているのが面白いので、
バレンタインに機を逃させた仕返しの意味もこめて、もう少しこの状況を楽しむことにする。


が本当に、感謝の気持ちで”義理チョコ”をくれたならそれでいい。
間違いなくに気持ちを伝える、脅迫にならない程度に。

そう考えがまとままると、14日になっていた。

---


トントン…


「どーぞ」

「失礼します…」

「…来たか」



は少し震えた声で入ってきた。

その様子は、まだこちらに来て間もない頃のを思い出す。



「あの…なんなんですか? 今日は…」



と、所在なさげに聞いていた。



「渡したいものがあるが…その前に…あれは板チョコの礼だったんだよな?」

「え!? あー…そうでしたね…」

「俺は板チョコ以上の飯を奢った気がするけど、それも返すつもりあるのか?」


「え…いやぁ…あれはなんていうか…その」

「飯以外も、お前がこっちにきてから色々世話やいてるはずだが」

「そ、そーですよねぇ…はは…スイマセン…お返しできなくて」

「返す気があるなら、返せるだろ…」

の顔が引きつっているのを見て、我に返る。

しまった、脅し口調になってしまっている。

「ま、別に返してほしくて世話したわけじゃねーし、どっちでもいいけど。その気があるなら受け取れ」



これ以上話すと、憎まれ口が続きそうだったので、手っ取り早く渡してしまうことにした。

足元に投げた指輪をみると、 は驚愕した様子だった。

「これって…」

「…(さて、どう反応するか)」

「やだ、怖すぎます…! これは見なかったことに…」

「…(そうきたか)」

「ちょ、止めてください。マジで帰りそうになりましたって」

「別に強要するもんじゃないしな」

本心だった。マジで帰りたければ、帰ればいい。 がしたいようにすればよい。

ただ「じゃあ帰れば」といつもの返事はできなかった。

の意思を優先するが、できるならば帰ってほしくない、それが本心だ。



「その、えっと…これって、やっぱりその…」

「バレンタインにやるつもりが、お前のせいで1ヶ月伸びだ」

正直に打ち明けると、さらに驚いた様子だった。



「ありがとう…ござい…ます…」

「バーカ…何泣いてんだ」

「わからない…けど、止まらない…もう、なにがなんだかわかりません…っ」



ボロボロ涙が止まらない の頬に、優しく触れる。



「…見ればわかるだろ。一生かけてもお前には返せない代物だから、安心しろよ」

「…なに…それ……安心って…」

幾つか言葉を交わすうちに、 は泣き出してしまい、思わず抱きしめてしまった。

学生を(主に課題や単位で)泣かせたことを幾度となくあるが、
こうして、つい抱きしめて守ってやりたくなるのは だけだ。
いつからこんなことになってしまったか、その過程は導き出せないが、
が俺にとって特別な存在だ、というのが間違いない答えなのだろう。

あれこれ考えた1ヶ月の答えが、結局半ば本能的になってしまったが、
どうやらは帰らずに俺のそばにいてくれるようなので、
これからゆっくりと謎を解いていけばよい。

そう思いながらのぬくもりを感じたら、とても幸せな心地がした。









-翌日-



「教授!」

バーンと扉が開いて入ってきたと思ったら、昨日の泣き顔はどこへいったのか
少し怒った様子のだった。

「なんだ、腹でも減ったのか」
「なんですかそれ!も~いつも教授に戻ってる~!」
「何を期待してるんだか…。で、なに」
この指輪、デカすぎです!!

昨日やった指輪を突き出して、そう言った。

「…そうか。態度がデカいから、つい」
「なにそれ!」
「そのうちサイズ変えにいくから、それまで閉まっとけ」
「え~そのうちっていつですか!?」
「しばらくムリ」
「なんでー!!」

前よりさらに元気(というか生意気)になった を部屋から追い出そうとすると、
隣室からネオンが入ってきた。

「声のデカさも何とかしたらどう?
 ともかく教授はここ1ヶ月の仕事たまったままだから、暫く我慢してちょうだい」
「ネオンちゃん! そ、そうなの!?」
「ネオン…お前いつからそんな世話好きになった」
「教授、お言葉ですが、これ以上、世話焼かせないでください」
「…はいはい」

そう言うだけ言って、ネオンは隣室に戻っていった。

今の発言は、どちらかと言えば俺に不利な発言でもある。
「(昔ならあり得ないな…ネオンもが気に入っているということか。)」
そんな感慨にふけていると、は真剣な顔で言った。

「教授…仕事がたまってるって…どこか調子悪いんですか!?」

「(…なんでそうなるか。口が裂けても、お前で頭がいっぱいだったなんて言ってやらねぇ)」
 …少し調子が狂っただけだ。ともかく暫くこもるから、大人しく待ってろ」
「…はーい」

は存外素直に部屋を出て行った。
俺はデスクに戻り、スケジュールを見ながら、携帯電話をかける。

"Hi, I'm Carla, who bought a ring from your store. I'd like to..."

結局、さっそく買った店に連絡している自分は、まだまだ調子が狂ってるな、自嘲しながら
が出て行った扉を見た。





Fin.





yorikoさんのキリ番リクエストで、教授視点のWhiteDayを書かせて頂きました!
機会があればと思っていたので、ありがとうございましたー!

もっとスマートに行くかと思っていたのですが、
結局ふたりとも不安を抱えていた、というオチになりました;

教授視点だと、「変な女」→「理解不能、思い通りにできない」→「面白い」
という気持ちの変化があるなーとか…て「面白い」でプロポーズしちゃうのも・・・
いえ深い思いがあったに違いありません(無理やり)。

こんなイケてない教授はイヤー!だったらごめんなさい!<(__)>


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