お弁当の果てに 後編


…5日後…

やーん!」
大学部内廊下で、関西弁訛りな呼び声で呼び止められる。
振り向くと、トレードマークとも言える真っ赤な髪を揺らして、蒲生が手を振っていた。

「藤田センセと瑞姫、うまいこといってるみたいやで」
午後の講義がないため離れの研究室へと向かうの隣で、蒲生はにこやかに言った。もつられてにこやかに返事をする。
「そうですか~、まぁ瑞姫さんも根はいい人っぽかったですから当然の結果ですよ」
「ほっほ~言うやないかぁ。まぁ瑞姫も結構可愛いからな~藤田センセもついつい厳しくしてもーたんやろ」
「…え゛?」
蒲生の意味深発言には聞き返す。
「せやから、可愛い子ほど厳しくしてまうんやろ~ま、俺は可愛い子ほど甘くしてまうけど」
ニヤリと笑う蒲生には目もくれず、は”まさか”と眉をひそめていた。

(あの徹さんが特に可愛い子には厳しく…!? まさかそんな…
いや待って、確か瑞姫さんが”機嫌が悪かった”とか言ってたよね。徹さんって照れ隠しのつもりが
はたから見ると機嫌が悪く見えたりするのよ、そう…そういえば瑞姫さんって結構美人だった気がするし…)

「せやからな、たまには俺とデー…ってぇ!? どこに行くんや!?」
すっかり自分の世界に入り込んでしまったは、ブツブツと野外へと向かって歩いていってしまっていた。


(あああ…考えてみれば同棲して1年、マンネリ化が進行してきてるのも事実…
だいたい徹さんが忘れ物なんて、よっぽど気が抜けちゃってる証拠じゃない…)

それでも、1年も一緒にいれば色々あって、それも乗り越えてきたのだから…
と自分に言い聞かせようとするの瞳に、映ってはいけないツーショットが飛び込んできた。

藤田と瑞姫。
自校をでてすぐある噴水の傍で、話をしている。

ガーンッ強く殴られてような感覚に襲われたは、気がつくと既にそこから逃げ出していた。


「ん…?」
瑞姫と対面していた藤田の目に、らしき人物が走り去っていく姿が見えた。
「…? 教官?」
瑞姫もつられて藤田の視線の先を見るが、もうその姿は消えており、学生達の雑踏しか見えなかった。
「いや…」
そう視線を戻す藤田に、瑞姫は
先輩でもいたんですか?」
と冗談で言ってみた。すると藤田は珍しくおどろいた顔をしたので
あ、図星だったのね…と苦笑した。
「教官、先輩を大切にして下さいね」
突如そんなことを言う瑞姫に、”ふざけるな”と藤田はあしらったが
「ふざけてなんかいません」
と真剣な顔で言う。藤田は少々の沈黙のあと
「人に言われるまでも無い。一生をかけて俺はあいつを幸せにする」
と、臆面も無く、きっぱりそう言い切った。それは聞いた瑞姫は思わず噴出してしまう。
「なにがおかしい」
そう真面目に聞き返す言葉さえも、笑いを増幅させるにすぎない。
訝しげな藤田の前で、ヒーヒーと笑うだけ笑った瑞姫は、今度は落ち着いた笑顔を浮かべて口を開く。
「そうでないと、あきらめがつきません。それじゃ」
そう振り返る彼女に、は? と藤田は肩を掴む。
「おい、何か聞きたいことがあって呼び出したんじゃないのか?」
「…大丈夫です、教官の期待通り、一発で合格してみせます。
それより午後の教習はじまるんじゃないんですか? 時間もらってすいませんでした」
そう言って、瑞姫は去っていった。藤田はわけが分からず、少しの間そこにたたずんでいた。


(はぁ…逃げ出してしまった…)
佐藤は、よもや瑞姫も同じ気持ちで帰路についてるとは考えるはずもなく、とぼとぼと歩いていた。
頭も巡るのは、あのツーショット。
落ちついて考えれば、たまたま会っただけだとか、思えるのだけど。
あのとき逃げ出してしまったのは、つまり最悪のシナリオが頭をよぎったわけで…。

――確かめ、なくちゃ…

静かにそう決意すると、は力強く歩き出したのだった。


その日の夜、藤田宅はどうも落ち着かない空気が流れてた。
それは珍しく藤田が早めに帰ってきて、夕食の支度をしてくれていて、
はその音が聞こえる居間でノートパソコンと向かい合い、レポート打っていた。
いつものにとってこんな日は、とても幸せで、とても穏やかな時間だと言うのに…
今日はその藤田の行為に、何かウラがあるじゃないかと疑ってしまっている。

はぁ…
思わず、負の感情を総動員したようなため息をもらしてしまう。
「どうした?」
と、台所に立ったまま振り返りはしないが、自分を気にかけてくれている藤田の声に泣きそうなるのを抑えて
は何でもないように話を始めることにした。

「ううん…それより、最近どう? 教習所は」
「? なんだ突然」
「いや、ほら…この前会った瑞姫さんとか見てたら懐かしくなって」
と、いきなりその名を出してしまった自分に(心のうちで)罵声をあびせならが、は藤田の返答を待った。
「ああ…、…すまなかったな、あいつのこと」
いきなり謝られて、「なっ何が!?」と上ずった声で、は聞き返した。
「いや…あいつ、もしかしたらあのまま車嫌いになっていたかもしれない。
根は素直な奴なのに、そう仕向けてしまったのは俺だ…」
と、鍋をかき混ぜながら彼は言った。
は…わかっているつもりだった。
彼は誰よりも教習生を思っていることを。
だが、今はその事実が胸の痛みを酷くする。その相手が相手だけに、痛みをさらに激しいものとする。
「…そう、だね…ちょっとしか話してないけど、いい子だと思うし…結構、美人…だし?」
「…そうだったか?」
「そ、そーだよっ蒲生先輩もイチオシっぽかったし!」
あいまいな答えを、否定してもらいたい気持ちが声を大きくさせた。
「そうか」
が、帰ってきた答えは淡白すぎて、はさらに焦ってしまう。
「やっぱり、あれだけ嫌ってたのも、それだけ一生懸命だったってことだと思うし…」
「…そうだな」
「美人って結構性格に問題あったりするけど、ああいう子はそこがいいかもね…」
「…そうか」
藤田は相変わらず背を向けたまま、一言返事を打つ。
某グラサン教官と勝負ができそうなくらい、相槌といっても良いほどの短い返事。
「~…っ、そーいえば、今日のお昼頃、瑞姫さんといましたよね」
「…ああ」
「何してたんですか?」
…結局、はもろ直球で、その事実を確かめることになってしまった。
「何…って…」
そう言葉を出した後、しばし沈黙が続く。
その時間は、思い出しているのか、それとも…
「よくわからないが…あぁ、告白されたな」
「…はぁ!?」
それは藤田が親しいものにしか言わない笑を含んだ冗談のようなものだったが、今のは、それに気づくほど余裕がなかった。
「そ、それで…?」
「それで…って…」
「だから、断った…とか…」
「…何故断る必要がある」

…ブチッ

その刹那、は何かが切れる音とともに、目の間のノーパソをバチンと閉めた。
そして居間の隣の寝室に向かい、タンスの中から大き目のバッグを取り出す…
私物を持ち帰るために。
「…このバック出すの、何回目だろ」
こうしてこの家を出ようとしたことは、何度かあった。
だがその度彼に止められていた。
年はそんなに変わらないが、どうやら精神年齢は向こうの方が確実に上らしく、
いつも自分から怒り出して、彼に完璧な正論の並べたてられ、
それがさらに感に触って出て行こうとすると、いつもきつく抱きしめられて
聞きなれない弱気な声で「行かないでくれ」と耳元で囁かれていた。
それを聞くと、いつも、いつも、今までの事はどうでもよくなって、素直に謝ったりすることができた。
「…それももうお終い」
今日は止めに来てくれないし、原因も今回は確実に向こうにある。
部屋の端々に見える幸せな思い出を振り切って、はとりあえず明日必要なものだけ詰めたバッグを提げて部屋を出た。

「おい、飯…」
できたぞ、と、続けるはずの言葉を、藤田は失った。
スタスタと目の前を横切っていくの姿に険しい表情をする。
「どこに…」
そういい掛けた藤田の声を遮り、はハッキリと大きな声を出す。
「わかったから」

…わかったから?
藤田の頭に疑問符が大量に現れる。しかしその疑問符は、の次の言葉で感嘆符へと変わった。
「私が出て行く」
「な…」
「動かないで」
に駆け寄ろうとした藤田を、は玄関の手前で静止した。
「動いたら即出て行くから」
そう振り返ったの目は赤くなっていた。
「…、…どうしたんだ、
その間の抜けた問いに、は苦笑した。
「私もそれを聞きたかった。けど、わかった、ううん、薄々気づいてた。
でも何度も違うって言い聞かせてた…ごめんね、遅くなって」
悲しげに微笑んだ。しかし藤田はそれに見とれている暇はなかった。
「何を言っている」
「…別れ話」
そうが答えると、藤田は目を見開いてその場を離れていた。
「来ないでって!」
来ていつものようにされたら、たぶんどうでもよくなってしまうから。
けど、いつまでもこれではいけないのだ…
そう思いふけっていたの腕は藤田に捕らわれ、は覚悟をきめて藤田を睨んだ。
「もう終わり、それでいいでしょ」
「いいわけないだろう」
キッと睨み返してくる彼に臆しそうな自分を奮い立たせる。
「ここ最近、あなたボーっとしてた。話をしても生返事、この前なんて忘れ物するし…心ここにあらずってかんじだった。
でも本当にそうだったんでしょ? もう私に心なんてなかった、もう飽きたんだよ」
「そんなわけ――」
「徹さんは完璧主義者だから、否定したいのもわかるけど、でも、私がいながら
瑞姫さんと付き合うなんて、それこそ…」
「どうしてあいつが出てくるんだ?
大体教習生に男も女も考えているわけないだろう」
「じゃあ私は何!?」
その答えに、藤田は言葉に詰まる。
「もう、放して…痛い」
は掴まれた腕を上げる。
藤田はしばし考えた後、手を放した。
「放すから、少し話を聞いてくれ」と言いながら。
は掴まれていた部分をさすりながら、その場に佇んだ。

「…確かに、失念していたのは事実だ。だが理由は違う」
そう言った藤田の顔は、わずかに赤くなったような気がして、は訝しんだ。
「…来い」
藤田はいつものキリッとした顔で、を呼ぶ。しかしが動く気配は全く無い。
すると彼はに近づくと、が逃げるより早く、抱きしめる形で彼女の尻の下で手を組むと、そのまま抱き上げた――いわゆる、小さい子が母親にされるだっこだ。
「ちょっちょっと!!」
「ここには物がないんだ」
慌てるに藤田はそう答えると無理やり台所へと連れ戻った。
そして1つだけ置かれた椅子に腰掛けさせると、調味料やらが置いてある棚を開きだした。
「…?」
ゴトゴトと探し物をしているような藤田にはすっかり訳が分からなくなていた。
「あー、あったあった」
そうしてやっと見つけ出したそれを見て、は目を丸くさせた。
「それ…………誰に…………」
「お前に決まってるだろ」
その決まっているものとは、小さな四角い箱で、口をパクリと開けるように開けられる、いわゆる大層な指輪が入ってたりする箱だ。
「……なんで」
「なんでって…もうすぐ1年だし、な…」
「はぁ!? もう私ペーパー取れてるんだよ!? もうとっくに…」
「違う、お前の親御さんに認めてもらってからは明日で1年だ」
「…は…?」
はピキッとフリーズしてしまう。
親に認めてから!? そんなの全然忘れてるよ!!
そう思ってから、彼のあまりの律儀さに失笑してしまう。そして思い出す。
「ちょっと!? 瑞姫さんに告られたってのは!?」
「ああ、あれは言葉のあやだ。告白と言っても’必ず合格してみせる’と宣言されただけ…」
その言葉を聞き、は全身から力が抜けるのがわかった。
「(やっぱ…私の勘違いだったのね…)」
そう想い人を見上げると、少し複雑な表情をしていた。
「しかし…こんな事ではまだ早いのかもしれないな」
その呟きを聞き取った瞬間、は飛び上がった(いやジャンプしたわけではなく…)。
「ダメッ!! ずっと待ってたんだから!!!」
飛び上がりついでに、とんでもないことをは言いのけた事に気がついたのは数秒後。
気まずくて藤田の顔が見れない。
一方、藤田は藤田で「そ、そうか」と生返事をしたまま視線を泳がせている。

ボコボコボコッ

まるでそんな間に痺れをきらしたように、鍋が吹き上げた。
「しまった!」
そう藤田が慌てて火を止めるが、すでに鍋の中身は見るも無残な姿になっていた。
鍋を見る彼の表情から事態を予想できたは、言葉を選んで口にした。
「…私も手伝うから、作りなおそ…」
振り返った藤田は’そうだな’と笑っていた。
ああ、私の好きな顔だ…そうが見惚れている間に、藤田はの座る椅子の前に膝間づいて、こちらを見つめていた。

「…悪かったな、不安な思いをさせて」
そう言う右手には先ほどの箱の中にあった指輪を持っていた。
「あはは…私の勘違い…だし…
でも、まさかそれも、実は1周年記念のプレゼント、とかじゃ…ないよね」
真正面から直視され、勝手に赤くなってしまうのを誤魔化すようには言った。
「ああ」
彼は肯定する。言葉は短いが、さっきまでの生返事とは全く違う…気持ちのこもった声だった。
「…俺でいいのか?」
視線が絡み合う、は飛び出しそうな鼓動に酔いそうになりながら
「…もう、離さないで…」
と言葉を紡いだ。
紡ぐはずだった’心を…’という言葉は、彼にのみこまれてしまったけれど。


「…そうえ言えば、どうして台所のあんな所に置いてあったの?」
自分の薬指にはめられた指輪をうっとりと見つめながら、隣で横になっている彼の人に聞いた。
「ああ…、それはお前が開きそうに無い所を…」
そう言いかけた彼を、は思いっきりブチ叩いていた。
「じゃぁ一生開かないから!!」
プイとそっぽを向く彼女に、彼は幸せに笑っていた…(涙目で)。





皆様はどのへんで’失念の理由’に気がつきましたか?(え、すぐ!?)
キリリク2つ分でリクエスト頂きました、藤田センセ小説でした。
後日談として、蒲生先輩に「奥さん」と呼ばれて、否定できないさんの姿とかも考えてたんですが…(笑)
前後、というよりが、ただの長編を2つに切ったような形で、しかも前半なんてほとんどセンセがでておらず…(汗)
文章の書き方、もっと勉強いたします(-_-;)。
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