や っとここまで来た…

日本を飛び出してから半日、私はついに北半球の裏側の、
これから過ごす場所まで辿り着いた。

(あとはカーラちゃんを見つけるだけ…)

私の従兄弟で、こっちに来ないかと誘ってくれた張本人。
アメリカ人とのハーフで、小学生の頃、1年ぐらいだけ日本に来ていた。
今は大学に勤めていて、受付で訪ねてくれればわかる、ということだった。
お母さんが念のため、私の写真は送ったみたいだけど。



(よし、入ろう!)

期待と不安で震える気持ちを抑えるように、強く踏み込みながら歩を進めた。




“C ala,next class is yours?”
“Yap, don't be late.”
“O.K. See you later.”
“Bye.”

男は部屋から出て行く学生にそう答えた後、机の荷物を持ち立ち上がった。
すると荷物からヒラリと1枚の写真が落ちた。

「…バカそうな面だな」

そうつぶやいて写真を拾い上げると机におき、男は部屋をでて行った。




迷 った…
受付で聞いた通り来たつもりだった。でも、rightとかleftとか何度か言われてあやふやだった。

(どうしよう…思い切って入ってみて、間違ってても中の人に聞いてみようかな…)



そう思い悩んでいると、廊下の先のほうから人が歩いてきた。
若くて話しかけ易いかんじ…

(よし思い切って…)“Excuse me?”
“Yes?”
“Do you know where Carla Seiga is?”
“Carla? I'm just going to his class. Follow me.”
(え??)

よく聞き取れないうちに彼はニコッと笑うと私の腕をとり、ズイズイ引っ張っていった。
(つ、連れていってくれるんだよね?へんなとこに連れ込まれたりしないよね…?)
やさしそうな雰囲気の人だから大丈夫だろう、と高をくくって、とりあえず連れられるがまま行ってみることにした。


… 数分後 …


「ええと…」
連れてこられた場所は、変な場所ではなかった。変じゃないけど…
聞いてみようと連れてきてくれた彼を人を見ると、既に机に突っ伏して眠っていた。
「はやっ」
つい大きいの声がでてしまい、視線を感じる。すごすごととりあえず彼の隣に座った。


連れてこられたのは、講義室のような場所で、部屋の中にはざっと30名ほどの学生らしい人がいた。
(まさかここのどこかにいるとか…?)
ちゃんと説明してほしい…けど起こすのも悪く思い、そうこうしている間に先生らしい人が入ってきて授業が始まってしまった。
(どっどうしよう…勝手にこんなとこ座ってたらまずいよね…)
さきほどから何度か先生らしい人と目が合っている気もする…けど席をたつと目立つし…
(それにしても若い先生だなぁ…さすがアメリカってかんじ…)
講義の内容は全く聞き取れないけど、ごく普通に講義が進んでいるように見えた。


… 数十分後 …


(結局終わりまで居座ってしまった…)
講義が終わりちりぢりに学生が出て行くなか、隣の彼が起きるのを待ってみようか…
と隣を見た瞬間、

パコーンッ

と、隣の彼の頭に丸めた雑誌がスマッシュヒットし、軽快な打撃音が響いた。
“!?”
起き上がった彼とともに雑誌の持ち主を見ると、そこには先ほど教鞭をとっていた若い男性が立っていた。
(怒られる…!?)
焦る私を横目に、起き上がった彼は悠長に言った。

“...Good morning, sir?”
“Morning, Mr.holdover.”
“I wasn't late. You know, I stayed late at the lab last night.”
“No more excuses.”
何話しているかわからなかったけれど、なるだけ顔を伏せておいた…が、上から聞こえた言葉に唖然とした。

「…講義は楽しかったか?
「…え?」


… 数分後 …


「えええっ!! カーラちゃんって大学教授だったの!?」
「聞いてなかったのか」
「大学で働いているとは聞いたけど…だってカーラちゃん私と同い年でしょ!?」
「…そう珍しくはない。ライス元国務長官も20代で教授になってたしな」
「そうなの!?」
「それより、ちゃん付けは――」
「!!そうだ!! カーラちゃんって、女の子じゃないなかったの!?」
「………………What?」
「だって一緒におままごとやった気がするし、それに…!」

カーラちゃんの研究室だという部屋に移動してから、暫くこんな調子で認識齟齬を解消をした。
一通り気が済んだところで、先ほど講義室で寝ていた彼(ここの研究室の学生らしい)が、話が切れたタイミングでこう笑顔で話しかけてきた。
“She's your cousin, isn't she?”
“Yes..well, her name is and she will stay for a while.”
“I see. Hi, Nice to meet you, I'm Lin.”

握手のように手をだされたので、握り返しながら自己紹介をした。
“Nice to meet you,too. Mr.Lin?”
そう言うと、少しだけ顔が曇ったかと思うと
“Call me just "Lin". From today, we're roommate. Don't be shy!”
“Thank y..!? Roommate!?”
聞き返しながらカーラちゃんの方をみると、何でもないことのように言った。

「ああ、今Linに空いてる部屋を貸してて…一人よりいいかな、と」

さも当然にそう言い放ったカーラちゃんに詰め寄り、小声で話す。
「ちょ…、自分で言うのもなんだけど、うら若い女子を外国人男子と一つ屋根の下ってどんだけフリーダムなの!」
「…あー、Linは多少日本語もできるから――」
「そこじゃないぃぃ、“男子”のほう!」
「…あー、それね。それは問題ない。」
「どこが?」
カーラちゃんはさっきから全く変わらず、平然と言った。






「Linは“元”男子だから」



「………………は?」

ぐぎぎぎ、と振り返ってLinを見ると、ニコニコと笑っていた。



カーラちゃんは女の子じゃなくて男の子で、Linは男の子じゃなくて女?の子。
時差ぼけが治っても、その事実に慣れるには相当時間がかかりそう。
思い切って日本を飛び出してきてまだ1日経ってないんだけど…
これから始まる新生活……早速心配になってきちゃったなぁ……




END




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