汎かな日々
yorihisa * miko



「こんにちはー頼久さん!」

玄関から愛しい人の声が聞こえた、休日の午後。

--以下、頼久の日記より抜粋--
神子殿の世界に来て早三ヶ月。日々の生活にも慣れぬ頃は、毎日のように来て下さっていたが、
もはや慣れ始めた今でも、休日は必ずといって良いほど来て下さる。
毎週、学校から出させる"れぽーと"、という課題など大変お忙しい日々をお過ごしだと言うのに…
大変申し訳ない一方で、大変嬉しいことでもある。
私はもっと勉強をし、神子殿――いや、殿のお役に立たねばならぬ。
そして、もっとを理解したい、そう常々心しているのだが…
--抜粋終了--




「それじゃー今日はこれお願いします!」

は右手に持たれた薄紅色のそれを私に差し出される。

初めは躊躇したが、これも主…いや、愛しい方のご命令、背くわけもなく従ってきたことだ。
しかし回数を重ねるたびに思うのだ、何故――――…

いやいや、今はそれを考えている場合ではない、殿のご要望にお答えしなければ。

自分にそう言い聞かせ、からそれを受け取る。
柔らかな感触に少し不安も生まれたが、小刀を取り出し意識を集中させる。そして―

『はぁッッ!!!!』

けたたましい頼久の掛け声とともに、空中に舞い上がった薄紅色の果実は鮮やかにさばかれ、
いつの間にか用意周到にが差し出した皿に向かって落ちていった。

びちゃびちゃびちゃっ

「きゃっ」
殿!」

しまった、失敗か!?
そう慌てて駆け寄る頼久に、はニッコリ微笑む。

「大丈夫です、ちょっと果汁が跳ねただけですから。ほら、この通り」

頼久の目の前に突き出されたそれ、綺麗に八等分された桃の一片はそのままの口へと運ばれた。
「美味しい♪ でも今度はもうちょっと固めの奴の方のにしますね」

こうして愛しい笑顔を向けられただけで、頼久は当初の疑問などどうでもよくなっていた。
が、しかし――
これもをより理解するがため、と、頼久はグーに力を入れて口を開いた。

「あの…殿、お聞きしたいとこがあるのですが」
「はい、私も聞きたいことがあるんです」
「は、はぁ、なんでしょうか」
出鼻をくじかれた頼久を知ってか知らずか、は持ってきたスーパーの袋から様々な果実を取り出した。

「今日は今までに切ってもらったのを一通り買ってきたんです」
そこに並べられたのは林檎、バナナ、オレンジ、梨…色とりどりの果実。
「色々やりましたよね〜。で、どれが一番簡単でした?」
「はっ、そうですね…やはり形といい固さといい…
い、いえ、殿、不肖頼久、是非お聞きしたいことがあるのです」
いつものペースでまた聞き逃しそうになった頼久は、無礼と思いながらも強引に聞くことにした。
真剣な眼差しで、しかもいつの間にか床に正座した頼久の訴えに、もつい正座をして耳を傾けた。

「あの――何故私にこのような…」
「頼久さん…やっぱり嫌、ですか?」
笑顔を曇らせるに慌てて頼久が付け足す。
「いえっ決して嫌なのではなくて、ただ何故…何故このような芸当を…と思いまして」
このような芸当、というのは、つまり果実を空中で一口サイズに切り刻む、という剣に卓越した頼久ならでは(なのか?)の芸当のことである。
「それは…」
沈黙のまま俯くをよく見ると、その顔は少し赤らんでいた。
「す、すいません殿!! お聞きしてはいけないことだったのでしょうか!?」
「あっそうじゃなくて…その…」
慌てる頼久を制止しながら、今度はが意を決したように話し始めた。

「その…お金ないじゃないですか、私は学生だし、頼久さんは働き始めたばっかりだし」
「は、…そうですね…申し訳ありません」
「いえっ謝ってもらうことなんてないですし! ただ…、…は、したい、から…」
「は…?」
「だからっ街角とかでこーゆーのして稼ぎながら、新婚旅行なんて、どう、かなー…と」
見ればは耳の先まで真っ赤になっていた。
しかし頼久には新たな疑問が浮かぶ。
が旅行をしたいというのはわかった、その路銀をあれで稼ぐという案なのだろう。しかし、

殿、シンコンとはなんですか?」
「え!?」
真摯な眼差しで聞いてくる頼久に面食らう
「えっと、新婚…というのは、結婚したばかりのヒトタチのことで…そのヒトタチが旅行するのを新婚旅行といいマス」
まるで片言の日本語を喋る外人のように答える。そして頼久はその言葉を反芻した。

そうか、シンコンとは結婚したばかり夫婦のことなのか。それでは漢字で書くと新婚、だろうか。
なるほど、その結婚したばかりの夫婦が行く旅行を―――

結婚!?

頼久の辞書に新婚はなかったが、結婚はあった。
以前天真にふざけ半分で’お前らいつ結婚するんだよ’と言われ、聞き返したところ笑いながら教えてくれたのだった。
いやいやそんな経緯はいいのだ、と、頼久はやっと我に返る。

「け、結婚、ですか…殿」
「そ、そうですよ…」
「は、はぁ…」
「…嫌、ですか…?」
「そっそんなことは決して!!!」
気まずくて俯いていた顔をガバッとあげると、バチっと視線が合う。
先ほどから息苦しかったはたまらず立ち上がり
「だ、だったら早くプロポーズして下さいね!!!」
そう言って頼久宅を出て行った。
「あっ神子殿!!」
”結婚”の二文字に惚けていた頼久はワンテンポ遅れてしまい、その後姿を見送るまでだった…。

そうか…がこのような私をそのような対象に考えていてくださったのか…
その幸せをかみ締める半分、頼久には新たな疑問が生じていた。それは言うまでもなく…




「天真、”ぷろぽーず”とは何だ?」
後日、真友にそのような質問をし、またしても爆笑を買い、
そしてその意味を教えてもらった頼久は卒倒しそうになるのだった…

「学生結婚って憧れだったのよね〜」
微笑む。二人の行方はが握っているのだろう。
そう、横での惚け顔を見つける蘭は思ったのだった。





[ Happy END … ? ]






>>>ギャグです。年の割に初々しくバカ正直(失礼)な彼で遊んでみました。
しかし尻にひくなら彼がNO1だと思うのです、そう思いませんか?(笑)
2002.10| 遥かTOPサイトTOP