今、僕、詩紋とちゃんと頼久さんで案朱に来ています。
今日は西方忌みだから、火之御子社の怨霊を封印して、僕のレベル2の術を習得してきました。
ちゃんも最初は色々あったけど、今や八葉のみんなと仲良しで、僕は本当に尊敬しちゃうんだけど…

ちゃん、ここで力の具体化をしようよ」
「そうだね、詩紋くん」
「頼久さんもいいですよね…? あれ、頼久さんは…?」
僕が振り向くといると思っていた頼久さんがいない。辺りを見回したけど気配は全くなかった。
ちゃん、頼久さんが…どうしたんだろう、今まで一緒だったのに…」
「うーん、ちょっと待っててみようか、どこか行ったのかもしれないしね」
「…そう? ちゃんがそう言うならいいんだけど…」

〜10分程度経過〜
 さっきと何も変わらない、柔かい風が木々を通り抜けるばっかり・・・

〜30分程度経過〜
 「ねぇ…ちゃん―――」

〜1時間程度経過〜
 「あのさ、ちゃん―――」

〜2時間程度経過〜
 もう空が紅く暮れてきてる…。一向に頼久さんの気配どころか、人の気配すら感じない。
「…詩紋くん、帰ろうか」
「――え? 帰っちゃうの…?」
「だって、これ以上ここにいてもしょうがないし、日が落ちたら危険でしょ?」
「で、でもさ、頼久さん、これだけ待ってこないなんて…きっと何かあったんだよ!」
そうだ、そうに決まってる――どうしよう・・・
「そうだね、何かあったのかもしれない。…けど、ここにいたってしょうがないよ」
「…そ、それはそうだけどさぁ…探したり…しないの?」
「うーんどうかな。頼久さんの方がここの地理に詳しいし、かえって迷子になっちゃったりしたら危ないよ」
「そう、だけどさ…」
「ね、とりあえず帰ろうよ、詩紋くん。藤姫も心配するよ」
――そうして、僕らは山を降りて日が暮れる前に藤姫の館に戻った。
ちゃんは頼久さんのこと、心配じゃないのかな…

「お帰りなさいませ、神子さま」
「ただいま、藤姫。あのね、頼久さん帰ってきてない?」
「そうなんだ、案朱でいなくなっちゃったんだよっ藤姫!」
僕が慌てて話すと、藤姫は不思議そうな顔をして言った。
「はぁ…頼久ですか…? 今、皆様の後ろに控えておりますが…」
『え!?』
僕らがとっさに振り向くと、いつのまにか頼久さんがそこにいた。
「断りもなく勝手な行動をとり、申し訳御座いませんでした、神子殿」
「頼久さん!! 何かあったんですかっ大丈夫!?」
僕がつい大声で聞くと、頼久さんは顔色も変えずに答えた。
「詩紋もすまなかった」
「そうじゃなくて――」
「あー、いいよ、詩紋くん。今日一日付き合ってくれてありがとう。頼久さんもありがとう、お疲れさま」
「いえ…。それでは私は失礼します」
そう言って、頼久さんは出て行っちゃった。僕は――…
「…どうしたの? 詩紋くん」
ちゃん…あのさ、ちゃんって頼久さんのこと…嫌いなの?」
「…? どうして…?」
ちゃんは首を傾ける。
「だってさ、さっきだって何してたのか聞かないし、いなくなった時だってそんなに…
その、心配してなかったみたいだし…」
「…そうだね、そんなに心配はしなかったよ」
うつむいて話す僕に、ちゃんはあっさりそう答える。
「でも、別に嫌いなわけじゃないよ」
「そうなの…? でも僕…ちゃんがいなくなったら凄く心配するよ…だって大好きだもん」
そう、僕は心配するよ、友達だってそうじゃなくたって…。
「詩紋くん…。…ありがとう…。私も詩紋くんがいなくなったら心配するよ」
僕はそれを聞いて少しほっとした、僕は、心配して欲しいんだ…
「でも、頼久さんのことが嫌いだから心配しないんじゃないよ…。
…信じてる、それだけだよ…なんか突き放す様に聞こえるかもしれないけど・・・」
ちゃんは、しなやかな笑みを浮かべて、そっと呟いた。
「…信じてると…心配じゃないの…?」
「うん――うまく言えないけど、”大丈夫”って感じるの」
ちゃんは少し恥ずかしそうに笑った。
「そう、なんだ…」
僕は――
「うん、そうなんだよ、詩紋くん」
僕は――…
「おやすみ、ちゃん」
僕は、まだまだなんだ―――…。
「おやすみ、詩紋くん…」

「――子殿、神子殿…」
月明かりを写す障子の奥から聞こえる、かすかな声に神子が気がつく。
「頼久さん…?」
障子をゆっくり開けると、闇にのまれて男がいた。
「神子殿、本日は誠に申し訳御座いませんでした。
案朱に着いた際、鬼の気配を感じまして…隙を狙って現れるのを影で見守っておりました。
しかし鬼はこちらに気付いたのか、姿を晦まし…この頼久、不覚です」
月明かりを受け、男はうなだれる。
「そうだったんですか…いえ、ありがとうございました」
「もったいないお言葉…本当に申し訳なく…」
「いいですよ、頼久さんっ」
神子は男の口に右手を伸ばす。
「いえ、誠に――…神子殿のお心に沿えないこと、情けなく…」
伸ばされた手を、男は軽く左手で掴む。
「こころ…?」
「申し訳御座いません、立ち聞きする気はなかったのですが――」
「! さっきの詩紋くんとの…?」
「はい」
率直なその返事を聞くと、神子は紅く染まる顔を左手で隠した。
「神子殿が信じていて下さる――ならば、私はそれに応える義務があるのです」
男はじっと、神子から目を離さない。
「義務なんて…」
「なんと言えば良いのでしょう。…私にとって、神子殿、あなたを守ること、
それは、唯一の正義のように思えるのです…どうか、この頼久をお側に…」
男は掴んだ神子の手を自分の頬にあてる。
「頼久さん…」
「頼久とお呼びください」
神子と男の距離がだんだん近づいていく。
「じゃぁ――私のことも名前で…呼んで」
顔を覆っていた手をとり、神子は男の長い髪を撫でる。
「――…殿…、失礼します」
男の髪が、神子の顔にふっと触れる。
「頼久―――」
「おやすみなさいませ」
そう耳元で囁くと、掴んでいた神子の手を膝に軽く置き、男は闇の中にのまれていった…。
神子はその消え行く背中を呆然と見つめることしかできなかった。