「泰明さんの分からず屋!」
「それはお前のことを言うのだ!」
屋敷内に神子と泰明の大声が響き渡る。

「どうなされました…っお二人とも」
藤姫が声を聞きつけ慌ててやってくる。
「聞いてよ藤姫!」
「藤姫、今の神子の言うことなど聞かずとも良い」
ああ言えばこう言う式に、二人は喧嘩の真っ最中のようだ。
「神子様も泰明殿も、いかがなされたのです」
藤姫はとりあえず二人の間に割って入る。
「…今日は失礼する」
「あっ泰明殿」
足早に部屋を去る泰明を藤姫は止めようと踏み出す。
「いいよ、藤姫。あんなガ・ン・コな人!」
神子がそう言い放ち、藤姫をつかまえる。
泰明はその言葉に足をとめ、くるりと振り返ると
「お前のような嘘吐きに言われたくないっ」
そう言い返すと、泰明はまた背中を向け出て行った。
「ウソじゃないもん!」
神子はその背に向って言ったが、既に泰明の姿はなかった。
「一体どうなされたのですか…? 神子様」
背中にしがみついている神子に藤姫は目をやると、神子はうっすらと涙を浮かべていた。
「神子様…?」
「藤姫〜…」
神子は藤姫をぎゅっと抱きしめ、泣き出してしまった。
そこに頼久がやってくる。
「神子殿、今しがた泰明殿が走って出て行かれましたが…」
と、視線を部屋の中心にやると、ぐすぐすと泣いて藤姫にくっついている神子に、さすがの頼久もびっくりしたようだ。
「あの…」
「頼久、今日は下がりなさい」
「はっ…失礼致しました」
そうして頼久は神子を気にしつつも、部屋を出て行った。
それを確認すると、藤姫は優しく話しかける。
「神子様…、よろしければ藤姫にお聞かせ下さい。何があったのですか…?」
藤姫は神子の手にそっと自分の手を重ね、力を緩ませる。
「…あのね、…えっとね…っ」
それでも神子は混乱しているようなので、藤姫は尋ねてみる。
「今朝はやくに、泰明殿が来られましたよね…?」
すると神子は、なんとか落ちついて話し出した。
「うん、そう…なんだろうって思って聞いてたらね、その…私の事が愛しいのかもしれないって言うから、
思いきって私も好きだよって言ったらね、そしたらね、そしたらね…っ、嘘だって言うの〜っ藤姫〜っ」
と、落ちついてきたと思ったらまた泣き出してしまった。
「まぁ…それは…」
なんとか言おうと考えたが、藤姫は言葉が繋がらなかった。
「藤姫〜…私が、悪かったのかなぁ…でも嘘じゃないよぉ…」
背中からか細い声が聞こえてくる。
「いえ…神子様は悪くありませんわ…、そして泰明殿も悪くありません。
お二人とも、うまくお心が伝わらないだけで…本当は両思いではありませんか」
「…そうかなぁ…泰明さん、私のこと…そんな風思ってるかなぁ…」
「勿論ですわ、ですから、落ちついてお話になればきっと…」
「私もね、落ちつこうと思ってるんだけど、気がついたら喧嘩してるの…」
相も変わらず、神子は藤姫にひっついて、放す様子はまったくない。
「ですから、お二人の心が惹かれ合ってる証拠ではありませんか。
…とは言うものの、喧嘩ばかりでは困りましたわね…」
「うん…」
神子がしょんぼりするのを見て、藤姫はなんとかしようと本気で考える。
「…とりあえず神子様、今日のところはゆっくりお休み下さい…ね?」
「…うん…こんな顔じゃ外にも出れないし…ごめんね藤姫…」
「いえ…神子様はいつも頑張っておられます、たまにはお休みされた方がよろしいですわ」
藤姫は神子と向き合ってやさしく笑う。
「…ありがとう、藤姫…」
よほど気が張り詰めていたのか、神子はそのあと糸が切れたようにぐっすりと眠りについた。

その後、藤姫は――

「と、いうことなのです、頼久」
「そうでしたか…」
屋敷の離れで藤姫は頼久に事の経緯を説明した。
「しかし藤姫様…私は無骨な武士です。このような事は友雅殿に相談された方が…」
「頼久、私はあなたを一番信頼しています。神子様のためにも、なんとかしたいのです…」
と、懇願する藤姫に「はっ…はい」と答えるものの、頼久に良案はなかなか思いつかない。
それを聞きかねてか、一人の男が部屋に入ってきた。
「まったく、密会でもしているのかと思えば…。君達は他人のことなど放っておきたまえ」
「友雅殿!」
部屋にはいってきたのは、誰あろう橘友雅であった。
「失礼するよ、お二人とも。まぁ、他人の心配より自分たちの心配をしたらどうだね」
「と〜も〜ま〜さ〜殿!」
「ははっ怒った顔も実に魅力的だね、藤姫。頼久もそう睨まないでくれ、穴が開いてしまうよ」
友雅は楽しそうに笑う。
「まぁまぁ二人とも、私は邪魔をしにきたのではない、協力しに来たのだ。
頼久の言うとおり、この役回りは私のほうが打ってつけだ。そうだろう? 藤姫」
そう言って、友雅は座敷に腰を下ろす。
「それはそうかもしれませんが…」
不安そうに藤姫は答える。
「いかにも心配という顔だね。大丈夫、神子殿のお心が私に移ればそれまでだ。
…悪いが女性を泣かせた男の心配など、私はしないよ」
友雅は至って当然のように話す。
「それでは解決していないと思いますが…」
頼久が真に受けて意見すると、友雅は笑って答えた。
「冗談だよ。まさか稀代の陰陽術師のお弟子を敵にまわした日など、怖くて外も歩けないからね。
まぁ恋人同士はお互いのことを考えていれば良いのだ、任せておきたまえ」
そう言って、友雅は立ちあがり、部屋を出て行った。
残された二人は顔を見合わせ、
「頼久…」
「わかりました、後を追います」
「頼みますよ」
と、二人とも余計に神子に気をまわすことになってしまった。







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02

―翌日―
「おはようごさいます、神子様。良くお眠りになれましたか?」
「うん、藤姫。昨日は…ありがとね」
「いえ…。それで神子様、朝早くから友雅殿が…」
「友雅さんが?」
「神子様、もしお嫌でしたらお断りしますよ」
「? 別に…嫌じゃないよ…?」
「そうですか? …わかりました、お呼びしてきますわ」
藤姫は不服そうに下がって行った。なんせ昨日の事で、友雅が何をするのか心配なのである。
「どうしたんだろう、藤姫…なんか、元気ないみたい…」
まさかそんな理由で、神子が自分を心配するなど思ってもなかっただろう。
「おはよう、神子殿」
ふふふっといつもどおりに微笑を浮かべて、友雅がやってきた。
「…友雅さん…なんだかいつにも増して楽しそうですね」
「そうかい? さすがは龍神の神子殿、察しがよろしいね。
姫君は私の誘いを受けてくれたのだ、それ以上嬉しい事はないよ」
友雅はなおも笑っている。
「もう、いったいどうしたんですか?」
神子は友雅の調子に乗せらそうになり話題を変える。
「そうだね、ここではなんだ、北山に行かないか」
「友雅殿! お二人では危のうごさいます!」
藤姫がすかさず口を挟む。
「はいはい、では一条戻り橋なら良いかな? 洛中にあり、ここから最も近い」
友雅はそう言われる事がわかっていた様に尋ねる。
「…わかりました。神子様、お気をつけて…」
「? うん。行ってくるね」
どうも藤姫が変だな…と思いながらも、神子は友雅と屋敷をで、その後を頼久が追ったのであった。

しばらく歩くと、思い出したように友雅は遠くを指差した。
「そうだ、知っていたかい神子殿。この土御門大路と、あの町口小路の交差するあたりに安倍晴明殿の家があるんだ」
「…泰明さんのお師匠さんですか?」
「ああ、泰明殿もいるだろうね」
「そうですか…関係ないですけど」
ぷいっとすると、神子は戻り橋の方へ行こうとする。
「はははっ神子殿は可愛いね。折角だ、行って見ようではないか」
「え…? いいですよ、別にっ」
「まぁまぁ、式神を使役するからって取って食われやしないよ。別に前を通るだけでもいい、ほらおいで」
そう友雅は半場強引に神子の腕をとると、晴明宅に向って歩き始めた。

「ほら、見てご覧神子殿。実に立派な門だ、中はよほどの造りだろうね」
晴明宅前につくと立ち止まり、友雅は神子に話しかけるが、
「そうですか、良かったですね、気が済みました? じゃぁ行きましょう」
と、神子は歩を進めようとする。
「まぁまぁ、何を怒っているんだい、神子殿」
友雅が腕を放す兆しはまったくない。
「…友雅さんっ、もしかして知って――」
と大声で言いかけると、友雅が口を抑える。
「これこれ、門前で女性が大声を出すものではないよ」
そう言って、神子を小路の方へ連れていく。
「友雅さん…!」
「聞きたまえ、神子殿。私は偶然知ってしまってね、協力したいと思っているんだ。
私は君よりは経験が多いつもりだから相談にぐらいのれるし、泰明殿はこの中にいるんだ。意が決まれば、変わらぬうちに行けば良い」
友雅はにっこりと笑う。
「…」
神子はむぅとふくれる。
「ははっ本当に可愛い姫君だね、君は」
友雅がそう笑うと、さすがの神子も観念して話し出した。
「…行くって言っても、顔を合わすとすぐ喧嘩しちゃいそうなんです…」
「ふむ、ならば災いの元、口を開かないというのはどうだね」
「はぁ…でも、口を開けずにどうやって伝えるんですか?」
「そうだね…恋人達にとっては思いを込めた口付け一つが千の言葉にも勝ると言うし」
友雅はふふふっと笑う。
「何言ってるんですか!! そんなこと出来ませんよ!」
「はいはいわかったよ。とりあえずその大声を出す癖は何とかした方がいい」
「…はい」
神子は自分の口を抑えてシュンとする。
「なら、口付けは順を追ってからにして、まず触れてみるといい。以心伝心、魚心あれば水心、少なくとも泰明殿は神子殿を嫌いではないんだ、何とかなるだろう」
「順を追って…なんとかって…」
神子は極めて不安顔で友雅を見る。
「大丈夫、君は十分可愛いよ。なんなら私で練習していくかい?」
友雅は冗談のつもりだった、が――
「…はい、お願いします」
と、神子はくるりと背を向けた。
「(………本気、か…)」
友雅は羨ましい――とその小さな背を見つめた。
そして、神子はキュッと口元を閉め振り返った。友雅の目を見据え、ゆっくりと近づいてくる。
「神子殿―――」
恐る恐る伸ばされる手を掴むと、友雅は思わずくいっと引き寄せ抱きしめた。
と、ちょうどそのとき。
「――殿っお待ち下さいっ今少し…っ」
「放せ頼久、先刻から屋敷のまわりでコソコソと…! 何をして――」
いる! と小路に曲がったところで言うはずだった言葉は、その光景に失われた。
「これはこれは…」
泰明の姿に気がつくと、友雅は腕の力を揺るめた。
「――?! やっ――」
と、神子も気がつき声を上げようとしたが、またしても友雅に抑えられた。
頼久は泰明のうしろで、極めてまずそうな顔をしている。
「…友雅…一体何をしている…」
泰明は怒りに満ち満ちた言葉を放つ。
「…何って、見てわからないかね」
「…っ」
「おっと、勘違いされては困るよ。私が――君と同じように神子殿を愛しいだけだ」
「むむもももんっ!?」
神子は変わらず口を抑えられているので何を言っているのかわからない…。頼久あたり、後ろでふきだしてそうだ。
「私と――同じ? 違う、私は誰とも同じではない…」
泰明は苦しそうな顔をする。
「そうかい? だったらいいのだが――神子殿がどうしても君に言いたい事があるってね。だからここまで来たんだ、お騒がせして悪かったね」
そう言うと、友雅は神子を放ち、その肩をトンと叩くと歩き出し、無言で泰明とすれ違うとそのまま帰って行ってしまった。
「あ…」
友雅の影が消えても、二人ともしばし黙りこくって沈黙に陥ったが…。
「ここでは邪魔になる。中に入れ」
と、泰明が言い門の方へ向うと、神子はその後を神妙な面持ちでついて行った。
さすがに頼久も屋敷内まで追う事はできなかった。

門を入ると広い庭が広がっており、その庭を真っ直ぐとおり屋敷に上がると、左側の庭に面した廊下を歩いて行った。
お師匠さんは居ないのかな…と神子は周囲を見ながらついて行くと、こざっぱりとした部屋に通された。
不必要なものが一切置いてないところからして泰明の部屋らしい。
「…それで、何をお前は言いたいのだ」
タンッと振り返ると、泰明らしく率直に尋ねてきた。
「ん…」
と、神子は思わず声を出しそうになり言葉を飲む込む。
「…?」
様子のおかしい神子に泰明は首を傾ける。
「…(とっ友雅さんのばか―…言いたいことじゃ口開けないといけないじゃないっ)」
神子はうつむいてしまい、なかなか顔をあげることができない。
「…」
「…」
「…」
二人とも何も言わないので、庭の木々がカサカサと揺れる微かな音が聞こえてくる。
「…(ひ〜ん、こんなんじゃ埒があかないよ〜)」
神子は泣きそうになった。だが――
「…昨日は、わからないが…余計な事を言いすぎた、すまない」
「ん…っ」
泰明の思わぬ言葉に、神子はかぶりを振った。
「お前と伴にいると私が私でないようだ…、…いや――」
泰明は今回は全く口を開かない神子に近づいていき、うつむく顔に手を伸ばし、触れる寸前で止める。
「これが…本当の私なのかもしれない…」
「…(泰明さん――)」
神子は息をゆっくり吸い込むと、差し伸べられた手を自分の手で覆い、自分の頬にぴったりひっつけた。
「…神子は、昨日…私を好きだと言った、だがそれはあってはならぬ事だ、いや有り得ない事だ…。
それなのに――、何故お前はあんな事を言ったのだ…」
「ん…(な、なんで…)?」
「…考えてもみるのだ。私に一体何ができる、何を持っている…私は人として欠陥品だ…」
「ん〜んっ」
神子はまた大きくかぶりを振る。
「…神子…私は今まで人になるために生まれてきたと思い、人らしく学んできたつもりだ。
だが――、お前を愛しいと気付いた時…私は人らしくあってはいけないと思った」
泰明は神子の顔を少し持ち上げる。
「人ならざる私では、お前を不幸にするだけなのだ…そのような事、あってはならない」
軽く頬を撫でると、泰明は神子から手を放し背を向ける。
「ゆけ…友雅も良いだろう、あれは女には手優しい、不幸にはなら――」
「泰明さんの分からず屋っ!!」
我慢しきれなくなって、とうとう神子は叫んでしまった。

一方、屋敷の外で帰る振りをして聞き耳を立てていた友雅は失笑した。
「そろそろ聞こえるだろうとは思っていたがね…」
どうやら私が付け込む隙はなさそうだ、と笑うと、今度こそ本当に内裏に向かって歩き出したのだった。

「な…っ! 分からず屋は神――」
と、泰明がキッと振り返ると、神子が飛びついてきた。
「どうしてそんな事言うの…泰明さんは人だよ――すっごく人らしい人だよ…」
クスンクスンと神子は抱きついたまま泣き出した。
「………神子…。…だからと言って、私は何もしてやれはしないのだ…。お前がこうして泣いていても、私はその涙を止める事すらできない…」
と、泰明は神子の肩に手を当てる。
「いや…いやだよ…幸せなんかなれないよぉぅ泰明が傍にいてくれなきゃ…ずっと泣いてやるんだから…」
きゅぅっと神子は、なおも泰明にしがみつく。
「神子――…」
「私…好きって言ったの、泰明さんの事一番好きだから…言ったんだから…嘘なんかじゃないよ…」
神子の肩から、泰明の手がするりと腰に落ちたと同時に、ぎゅっと神子の身体が締め付けられた。
「傍に――いれば良いのだな…」
泰明がそっと呟く。
「…うん…」
「…まったく、神子は驚かされてばかりだ…。だが、それも今は心地よい――
――ずっと、お前の傍にいよう…この身が朽ちるまで、永遠に――…」

…こうして、すべてはうまくいったかに見えた…が――

「泰明さんの分からず屋!」
「それはこちらの台詞だっ」
今日も藤姫の屋敷内には二人の声が響く。
「今度はどうなされたのですっ」
藤姫がまたしても慌ててやってくる。
「藤姫〜あのねっ泰明さん、自分の方が想ってるって言うの――っ」
「は、はい…?」
「でも絶対っあたしの方が泰明さんのこと想ってるんだから!!」
きゅっと神子は拳を握る。
「何を…私の方がお前が思っている以上に愛しているに決まっている…」
泰明は何を力説するかと思えばとんでもない事を言い出した。藤姫は真っ赤になっている。
「ほらね、放っておけと言っただろう、藤姫」
友雅までやってきたとなったら、頼久も声を聞きつけやってきた。
「どうなさいました…っ…、…? 藤姫様、お顔が――熱でもございませんか」
と、藤姫の異常な顔の赤さを見やった。
「よ、頼久! 私は大丈夫ですから神子さ、ま、を…」
ふらぁっと藤姫は倒れかけ、頼久は即座に抱きとめた。
「ちょうどいい、頼久。そのまま連れて行き介抱してあげなさい」
藤姫も色々と気疲れているのだから労わりたまえ、と友雅は頼久に連れ出させた。
「友雅さん! 友雅さんはどっちだと思います!?」
神子が勢い良く尋ねてきた。
「友雅、今ばかりは気を使わず正直に言え」
泰明までも真剣なところを見て、友雅は仕方ない、こちらもまったく世話のやける…と口を開く。
「そうだな…、私が女房たちを想う気持ちには、誰も勝てぬと思うがね」
友雅はふふふっといつもどおりに笑ったのだった…。

いやはや、やはり泰明さんとは喧嘩よねっと考えて始めたこの作品、短編にするつもりが長くなっちゃいました(++)。
途中の「ん〜」なんて言っちゃってる神子には「アホだっこいつ絶対アホだ〜」などとモニターに何度言ったことやら…。
友雅の役回りもベタすぎ…     【 戻る