門を入ると広い庭が広がっており、その庭を真っ直ぐとおり屋敷に上がると、左側の庭に面した廊下を歩いて行った。
お師匠さんは居ないのかな…と神子は周囲を見ながらついて行くと、こざっぱりとした部屋に通された。
不必要なものが一切置いてないところからして泰明の部屋らしい。
「…それで、何をお前は言いたいのだ」
タンッと振り返ると、泰明らしく率直に尋ねてきた。
「ん…」
と、神子は思わず声を出しそうになり言葉を飲む込む。
「…?」
様子のおかしい神子に泰明は首を傾ける。
「…(とっ友雅さんのばか―…言いたいことじゃ口開けないといけないじゃないっ)」
神子はうつむいてしまい、なかなか顔をあげることができない。
「…」
「…」
「…」
二人とも何も言わないので、庭の木々がカサカサと揺れる微かな音が聞こえてくる。
「…(ひ〜ん、こんなんじゃ埒があかないよ〜)」
神子は泣きそうになった。だが――
「…昨日は、わからないが…余計な事を言いすぎた、すまない」
「ん…っ」
泰明の思わぬ言葉に、神子はかぶりを振った。
「お前と伴にいると私が私でないようだ…、…いや――」
泰明は今回は全く口を開かない神子に近づいていき、うつむく顔に手を伸ばし、触れる寸前で止める。
「これが…本当の私なのかもしれない…」
「…(泰明さん――)」
神子は息をゆっくり吸い込むと、差し伸べられた手を自分の手で覆い、自分の頬にぴったりひっつけた。
「…神子は、昨日…私を好きだと言った、だがそれはあってはならぬ事だ、いや有り得ない事だ…。
それなのに――、何故お前はあんな事を言ったのだ…」
「ん…(な、なんで…)?」
「…考えてもみるのだ。私に一体何ができる、何を持っている…私は人として欠陥品だ…」
「ん〜んっ」
神子はまた大きくかぶりを振る。
「…神子…私は今まで人になるために生まれてきたと思い、人らしく学んできたつもりだ。
だが――、お前を愛しいと気付いた時…私は人らしくあってはいけないと思った」
泰明は神子の顔を少し持ち上げる。
「人ならざる私では、お前を不幸にするだけなのだ…そのような事、あってはならない」
軽く頬を撫でると、泰明は神子から手を放し背を向ける。
「ゆけ…友雅も良いだろう、あれは女には手優しい、不幸にはなら――」
「泰明さんの分からず屋っ!!」
我慢しきれなくなって、とうとう神子は叫んでしまった。
一方、屋敷の外で帰る振りをして聞き耳を立てていた友雅は失笑した。
「そろそろ聞こえるだろうとは思っていたがね…」
どうやら私が付け込む隙はなさそうだ、と笑うと、今度こそ本当に内裏に向かって歩き出したのだった。
「な…っ! 分からず屋は神――」
と、泰明がキッと振り返ると、神子が飛びついてきた。
「どうしてそんな事言うの…泰明さんは人だよ――すっごく人らしい人だよ…」
クスンクスンと神子は抱きついたまま泣き出した。
「………神子…。…だからと言って、私は何もしてやれはしないのだ…。お前がこうして泣いていても、私はその涙を止める事すらできない…」
と、泰明は神子の肩に手を当てる。
「いや…いやだよ…幸せなんかなれないよぉぅ泰明が傍にいてくれなきゃ…ずっと泣いてやるんだから…」
きゅぅっと神子は、なおも泰明にしがみつく。
「神子――…」
「私…好きって言ったの、泰明さんの事一番好きだから…言ったんだから…嘘なんかじゃないよ…」
神子の肩から、泰明の手がするりと腰に落ちたと同時に、ぎゅっと神子の身体が締め付けられた。
「傍に――いれば良いのだな…」
泰明がそっと呟く。
「…うん…」
「…まったく、神子は驚かされてばかりだ…。だが、それも今は心地よい――
――ずっと、お前の傍にいよう…この身が朽ちるまで、永遠に――…」
…こうして、すべてはうまくいったかに見えた…が――
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