やまい の ひと
inori * miko



! 何して…」

痺れをきかせた様子で部屋にドスドスとやってきたイノリは、その姿を見つけた途端言葉を止めた。



「あ、イノリくん…ごめんね、まだ着替えてないの…」


布団からのっそりと寝間着で起き上がりながら、はイノリに視線を移した…
つもりが、いつの間にかその姿は視野から消えていた。


「…イノリ、くん…?」

あれ? と、見回したの額に、今度はピタリと手が乗っていた。


「…れ?」

額の手の先を見上げると、見間違うことはない、真っ赤な髪が見えた。

「イノリくん?」

額の手が離れ、が後ろに向き直ると、いつの間にそこにイノリがいた。
何か言おうとしてが口を開くと、それを遮るかたちでイノリは途切れたままだった言葉を発した。

「おまえ熱あるだろ」



「…え?」

間の抜けた返事をがすると、トントントンと廊下から足音が響き

「イノリ殿っ勝手にお入りになられては…」

と、やって来た藤姫にも

「藤姫、桶に水持って来い」

「…は、はい」

慌ててそのまま逆戻りをさせてしまった。

「イ、イノリくん?」

唖然とその様子を見ていたも、名前を呼ぶほか言葉が出ない。

「おまえはちゃんと寝てろ、ほら」

と、イノリは手際よくを元に寝かせ布団をかける。
そして、やがて藤姫が持ってきた水に手ぬぐいを浸すと、ぎゅっと絞りの額に乗せた。

「・・・・・・」

その間、はされるがままにその様子を見つけることしかできなかった。





一段落したのを見計らい、藤姫はイノリに声をかけた。

「あの…イノリ殿? 神子様は…」

「医者呼ぶくれーじゃねーけど、今日は寝てたほうがいい」

藤姫の問いかけに、イノリはきっかりと言い切った。


「あの、神子様…?」

次はに視線を移すと、は少し顔を出して答えた。

「うん…ごめんね、藤姫。なんだか熱…あるみたい…」

「まぁ! そうだったのですか!? 私はてっきりいつもの寝坊…」

とまで言いかけて、藤姫を口を手でおさえた。

「今日は、違うみてーだぜ」

”は”にアクセントをつけて、イノリは言った。

「二人ともぉ…」

そう情けなさそうな声を出して、は布団を少し深くかぶった。

「つーわけだから、俺どーせ今日はこいつに付き合うつもりだったし、看てるから気にしなくていいぜ」

イノリのその意見に、いの一番にが声をあげた。

「え!? いいよっ一人で大丈夫だから!!」

がばっと起き上がったを、イノリは

「病人は大人しくしてるもんだぞ」

と、布団に押し戻す。

「…そうですわね。それでは神子様、私は失礼しますけど、イノリ殿の言うことをよく聞いて、今日は大人しくしていて下さいね」

藤姫はなにか納得したように頷き、イノリに「よろしくお願いいたします」と頭を下げて出て行った。

イノリは「おぅ」と返事をし、柱に寄りかかって座りなおした。

「そんじゃおめぇも心配しねーで寝てろよ。俺はここにいるから」

「え…え、でも…(それも気になっちゃうし…)」

「寝れねーのか? だったらまぁあんま面白くねーだろうけど、話の相手ぐらいはしてやってもいいけど」

イノリはの意は解さなかったようだが、彼なりに親身になってくれていることには気がついた。

「あ、ありがとう…イノリくん」

ちょっと嬉しくなって、は感謝の言葉を述べた。

「?! 礼言われるようなことしてねーぞ?」

その言葉に、イノリはちょっと慌てた。その様子にちょっと笑って

「イノリくん、手際よかったね」

と、先ほどの一連の動作の感想を述べた。

「あ、ああ…まぁ病人には慣れてるから…」

そこまで言って、イノリはつい口を滑らせたと悟り

「…な」

と、少し笑ってみせた。

「あっごめん…」

はすぐに前に少し聞いた病気の姉を勘付いて謝る。


「謝ることじゃねーよ」

「でも…」

「いーんだよ。治らねぇ病気じゃ…ねーんだし」

最後は自分に念を押すように、イノリは言葉を放った。

「…うん…」

そう頷くは、先ほどまで看病してくれることに少し浮かれていた自分を情けなく思って意気消沈していた。









少し長い間をあけて、は沈黙を破ることにした…というか、そうせずにはいられなくなった。


「イノリくん、やっぱり私、大丈夫だから、だからさ今日は…」

「何言ってんだよ、病人一人にできるわけないじゃん」

さも当然に答えるイノリに、は思わず言ってしまう。

「だって、だってそれはお姉さんも…」

そこでゴクリを息をのんで続けた。

「一緒でしょ…? ね…?」

(私なんて、みんなに守られているのに…その上イノリくんに甘えるなんてできない…)

イノリの過酷な現実を思うと、は今までの自分が申し訳なくてしょうがなくなっていた。


「…いーよ。今日はここにいるっつたし…それともここにいちゃ悪ぃーのかよ」

「悪い…とか、そーじゃなくてっイノリくんには――」

興奮気味に、が言葉を続けようとすると、イノリは小声で答えた。


「…一緒じゃねーよ」

「…?」

少しうつむいたイノリの様子をいぶかしんで、は首を傾けた。


「…イノリ…くん?」

またその名を呼ぶと、イノリは顔を上げて言った。

「俺は…、俺は! おまえが病人だから、一人にできないんじゃ…ない!」

「…え…?」

「ぉまえ…だから…」

イノリは、自分が何を言い出している気がついて、思わず声をひそめた。

「…まえ?」

そのせいで、どうやらはよく聞き取れず聞き返した。
その様子になにかがプツンときれて、イノリは大声で言った!

「だからぁっおまえみてーな間抜けを一人にしておけるわけねーじゃん!!」

イノリは言った、心から言った・・・が、しかし。

「あ…、そーだよね…こんなときに調子おかしくしちゃうような間抜けだもんね、私」

どうやら一言多く、その真意はすっきり流されてしまった。

「・・・」

イノリは声にならないため息をもらす…この事態に助かったと喜んでいいような、でも悲しいような…

「イノリくん…? あ、そっか、イノリくんも疲れてるんだね」

イノリくんいつも忙しいもんね、とは勝手に合点している。

「…まーな…」

これじゃ天真も苦労するよな…と思いながら、イノリは適当に相槌をうった。

「じゃぁイノリくんも寝てなよ。お布団ひこっか?」

「なっっ! びょっびょーにんが気ぃつかうなよ!!」






いつか…とはせる”いつか”はどうやら本当に遠そうで、ひとつまたため息のイノリであった…













>>>よくある病気ネタ、ですが、やっぱり看病させたらイノリくんが1番!
と思い、このネタでいきました(^_^;)。
2002.08| 遥かTOPサイトTOP