幻想円舞曲 -GensoEnbukyoku-
by;PRAXIS
カチャ―― 「よぉ、アップル」
シーナ君の朝は、まず身だしなみを整えて女の子の部屋に挨拶回りに行くのが日課となっている。
今日もラストはアップルちゃん、美味しいものを最後にとっておく性格なのだ。
「…あ。ちょ、何度も言う様だけどノックぐらいしてよね、シーナ」
机に向っていたアップルは、声に気が付き振り向いた。
「ったく、堅いこと言うなよ。俺とアップルの仲じゃないか」
「そう、良かったわね」
アップルは上の空に答えた。
…おかしい。
シーナはアップルの第一声で気付いた、どうもおかしい。幻想水滸伝でプレイボーイの第一人者(?)をあまく見てもらっては困る。まず反応が遅かった、前にも述べた様に毎日欠かさず挨拶に回っていて、いわゆる習慣と化して一日のサイクルの1つとなっているのだ。勿論それはシーナだけでなく、アップル他挨拶される女性のほとんどがそうである。ましてはビッキーのようなボケキャラとアップルは違う、人前で気を抜くような事は――…
「シーナ、聞いてるの?」
「え、あ、ごめん。何・・?」
ついつい考え込んでしまい、アップルが何か言っていた事さえ気が付かなかった。
「…昨日の夜、何をしていたかって…聞いてるのよ」
――「!?」
過去を聞かれると焦ってしまう癖があるが、他意でシーナは焦った。
昨日の…夜?あれ、何かあったっけ・・昨日・・
「い、いいのよ別に、無理の思い出さなくても…」
考え込んでいるシーナを見てアップルは言った。
「(う、なんて気になる反応ぶり)…。・・さぁ、何してたっけ」
シーナは落ちつきをはらって言ってみた。するとアップルは少しうつむいて言った。
「いい、いいのよ、ほら…。ただ、もし貴方なら、あっ・・ありがとう…。…、ほらもう出てって!」
背中を押され、シーナは言われるがまま追い出されてしまった。
…ありがとう?・・って何だっけ。シーナは半分パニクっていた。
初めてアップルからもらった感謝の言葉は、明かに自分のためのものではない。昨日の夜は…そう、酒場でレオナさんを相手に酒を飲んでいた。
ぐ…、かなり気になる…
そう思う前に、足は名探偵リッチモンドさんの所へ向かっていた。
「誰…なのかしら」
アップルは机の上の毛布に顔をうずめて呟いた。
…昨日、そう昨日の夜…シュウ兄さんに借してもらった本に目を通して…。・・!もしかしてシュウ兄さん・・なの?
アップルは借りた本と毛布を片手に部屋を出た。
「・・難しいよ、そりゃぁ」
珍しくハードボイルドダンディ、リッチモンドさんは唸った。
「そこを何とかさ・・」
唸らせているのは、我らがシーナ君である。
「調べられない事もないが・・千ポッチいただくぜ」
「げ、高いなぁ〜もちょっと安くなんない?」
シーナは両手を合わせた。
「タダですむ方法だってあるさ・・」
「え、なになに?」
「他をあたる事だ」
「そりゃないよ〜」
シーナは一気に肩を落とした。
「ま、最後まで聞きな。特にだな…アンタの恋敵に聞きゃぁ確かだな」
「その情報はタダ?」
「お得意さんだからな」
リッチモンドは彼の言うハードボイルドに笑った。
「ありがとう!」
シーナはある男のもとに走った。
―それは言うまでもなくマッシュの弟子であり、アップルの兄弟子、シリーズきっての強気の軍師さま、シュウである。アップルはシュウに対して、マッシュと同然とも感じる尊敬の念を抱いている事は一目同然。
…あの手の女は尊敬と愛情をいっしょにしてるからなぁ…
シュウの部屋は三階でエレベーターを出てすぐだ。
シーナはシュウの部屋の前で立ち止まった。
どうもこの軍師さまの空気が苦手なのだ。いや、苦手と言うか解らない.。普通はこれで終りだが、今の状況では終りにできない。そう、ドアノブに手をかけた、――かけた瞬間ドアが開いた。
「痛ぅ・・」
「いたのか」
シーナには「ドアの前でつっ立っていたお前が悪い」と聞こえた。相手はもちろん、勝手に恋敵にしているシュウである。
「俺に何か用事ですかな、ご子息殿」
嫌味でも敬語を使うとは、少なくとも機嫌は悪くないと見える・・男にまで観察眼をきかせてしまう自分が時々悲しい。
「あんた、昨夜何してた?」
「昨夜?何だ突然・・」
確かに唐突すぎた、だが直接話法が一番伝わる。シーナは返事を待つ。
「昨夜は別に…。昨日自体、強いて何もなく閑だったが。それがどうした?」
シュウは案外、素直に答えた。どうやら本当に機嫌は悪くない。
「そうか…」
シーナはそのままエレベーターに向っていった。
「?探偵ごっこでも始めたのか?」
シュウは三階の屋外に足を向けた。
「すいません、ヨシノさん」
その頃、アップルはきこりの結び目ゲームをする兵士がいる選択場に来ていた。今日はからくり丸もいる。
「いいえ、お洗濯って楽しいですよ」
ヨシノは先刻までアップルが持っていた毛布を物干しに広げた。
「洗わなく本当にいいんですか?遠慮なら無用ですよ」
「はい、少し干して頂ければ…今日中に持ち主を探したいので」
アップルは本を片手に答えた。
「あら、私、この毛布どなたのか知ってますよ」
ヨシノはニッコリ答えた、さすが元専業主婦だ(?)。
「!本当ですか?」
アップルは意外な相手から答えを見つけ、驚いた。
…嘘をついてる様には見えなかった、けど何で機嫌が良かったのか。
シーナの中で、シュウのイメージは強気(=不機嫌)だった。
「…(いや、奴だけとは限らない)」
――そうして現在、シーナ君は色気くささを振りまく吟遊詩人、ピコの前にいる。
「女の子からのプレゼントなら大歓迎なんだけど、貰う物は貰っとくよ。けど花束はよしてくれよ」
…あぁ、この不快さはキャラがかぶってる事を心中認めてる証拠か。
「あんた、昨日の夜は何してた?」
シーナはまたもや単刀直入に聞いた、相手などしたくもない。
「え?何だい、君も野暮な事聞くね。過去より未来より、今が大切さ」
――…相手などしていられない。
「こんにちは…。…また歌を聞きに来て下さったんですか?」
相変わらず、アンネリーはとろんと話してきた。
「ごめんね、今回はちょっと聞きたい事があってさ。いいかな」
本人が駄目なら周りの人間に、とシーナ君はやって来た。
「ええ…私でわかる事なら…」
「あのさ、ピコが昨夜何してたか知ってる?」
「昨夜?ピコは…私とアルバートで演奏していましたが…」
「そう、それならいいんだ。ありがとう」
さて、洗濯場のアップルちゃんはと言うと――
「それは、本当ですか…」
「ええ、あの方のに間違いありませんよ」
真白のシーツが揺れる中、ヨシノはニッコリ笑った。
お次はシーナ君、若き軍師の卵の部屋前に来ています。
…親父さんが死んでから、どこか影があるって最近聞いたしな・・なによりシュウの下で供に軍略を学ぶ仲だし…
次のお相手は同じ十九歳とは思えない、クラウス君である。
「よぉ…邪魔す――
「なんじゃお主、クラウスさんは今勉強されてるのじゃ!」
出迎えてくれたのは黙っていれば美少女、吸血鬼のシエラさんだった。
「あ、あの構いませんよ、シエラさん…」
クラウスの目は「助けて」とも見えた。
「クラウスさんはお優しすぎですわ。それに、私クラウスさんと二人っきりでいたいですし・・まぁごめんなさい、私ったら」
――パタン… クラウスには悪いが、シーナは先を急いだ。やっぱりシュウが怪しいと思えてきたのだ。一路、シュウの部屋にあと戻り。
「おい、入るぜ」
シーナは息を整えつつ、シュウの部屋のドアを開けた。
―しかしそこには無人の部屋が声を響かせただけだった。仕方なく部屋を出ると、偶然なのか必然なのか、アップルが屋外に向って廊下を歩いていくのが見えた。
「(もしかして…)」
シーナは気付かれないよう、アップルの後をつけた。
「シュウ兄さん!」
声は屋外で一人、空を仰ぐ男に向けられた。
「なんだアップル、軍師が感情丸出しでどうする」
男は振りかえり言い放った。
「一つお聞きしたい事があるんですが…昨夜何をしていましたか?」
アップルは言わずと知れた兄弟子シュウに近づいていった。
「なんだ、お前も探偵ごっこか?」
「え?」
「そこに隠れている奴が、先刻同じ質問を同じようにしてきた」
「隠れて・・?あ、ちょ…シーナ!何してるのよ!」
アップルは振りかえり、シーナの存在に気が付いた。
「見つかったついでに言うが、そいつは昨夜何もなかったって言ってたぜ、アップル」
シーナは体についたホコリを掃いながら言う。
「…本当ですか?」
アップルはシュウの方に向きなおして聞いた。
「・・本当だ」
「そう、ですか。ありがとうございました…」
そう言うと、アップルは足早に屋外去った。行き先はというと――
毛布片手に部屋に入ってきたアップルを見て、彼はニコリと笑った。
「おや、よく私だとわかりましたね」
「あの…ありがとうございました、干しただけなんですけど早めにお返ししたほうがいいと思って・・」
「お心遣い有難う御座います、レディ」
そう、赤騎士団長どのはニコリと毛布を受け取った。
「レディはきっと立派な軍師になられるでしょうね。ただ御身体は大切になされて下さい」
「あ、有難う御座います。あの、それでは失礼します」・・・
・・・「あぁ、そう言う事か」
シュウはアップルの背を見ながら気付いた。
「な、なんだよ・・」
シーナは聞かずにいられない。
「アップルはよく夜中本を読みながら寝ていたから…誰かがそれを見て毛布を掛けてやったんだろう。本を読んでる間は、例えドアが開けっぱなしだろうと散らかっていようとも気にも止めないからな」
シュウはクスクスと笑った。
「今日のアンタ、ちょっと楽しくないか?」
シーナはシュウの様子を見て言った。
「・・軍師だからといって、常に軍略を練っているわけではない」
シュウはそう言い残して屋外を出ていった。
――シーナ君の残る仕事は、一体それが誰なのか探し当てる事だ。
そう、その後一週間、その夜本拠地にいた男という男すべてをシーナ君はあらった。
「なんだ?お前。ゲンゲン隊長に用か?」
・・そう、オスいうオスすべてを・・
そんなわけでシーナ君が一生懸命走り回っている頃、アップルさんはというと――
「(カミューさんって、緊張するわね・・でも・・)」
と、うら若き一八歳・アップルさん、シュウに本を返すのをすっかり忘れていた。
今日も廻る、響く幻想円舞曲。
その音は愛がそこにある限り、消えることはない。