さんへのゲスト作品

   オカシなヒルサガリ

BY PRAXIS

「ありがとうございました〜」

 鈴を付けたドアがチャリンと音を立てて閉まる。
ケーキ屋を始めてはや数年、我等がエルフィール=トラウムことエリーは一息ついた。
そして、店を始める際ミルカッセにもらったお手製の可愛らしいエプロンをはずすと、
「CLOSE」の看板を片手にドアに向った。

店を閉めるにはまだ早い昼下がり、エリーはアカデミーに用事があった。
いや、本当は店を閉める必要はなかった。
恩師であるイングリド先生に校長のバースディケーキの注文を受けたのだ。

 …あのおじいさん何歳になるのかしら…

 などと考えながら、母校に向う足取りは軽い。
宅配はなんせ個人の店なので受けてないのだが、ワケもあって、あの空気に触れたくなったのだ。
それで半分無理矢理、宅配をさせてもらう事にしたのだった。

 …いい天気… エリーはゆっくり風を吸いこんだ。

「あ〜ぁ、いい天気だせ…」

深い青色の防具が木漏れ日に反射してキラッと光ってる。
今やザールブルクで最も強い男は,木陰で眩しそうに空を見上げた…
いや、「最も強い」には語弊があるかもしれない、それは当の本人もぼんやり考えていた。

 …はぁ、剣聖にだって勝ったこの俺が何て様だ…

 彼が自分を情けない、と感じる事は今までなかった。
生まれ持った剣の資質と努力+α(笑)、誰かに負けるなど有り得ない、彼はいつも自信に溢れていた。
それが…

 あきずに彼がまたため息を重ねようとした瞬間、視界に知った顔が映った。

 「あ、フレアさ―――んっ♪」

 タッと駆け出す瞬間、まるで鳥が羽ばたく様だった…知った顔と言うか何と言うか、男はその瞬間息を飲んだ。

 なっ…なんでアイツがいるんだ…?

 この木陰は,声の主がまだアカデミーに通っていた頃、
「ひ〜ん遅刻〜」とパンを咥えて走っていくのをからかっていた特等席であったが、
それも今や思いでの場所に過ぎない。彼女は声をかけた女としばらく話すと、別れてどこかに向った。
その間、彼は声をかけて「何してんだ?」と聞く事も可能だった。
しかし今の彼には出来なかった、その姿を目に映すのみ…
つまりは見とれてしまっていたのだ。
視界から彼女が消えると、男は再び思いに深ける。

 …ったく、結構元気じゃねーか…

 つい先日の事であった。彼は彼女のケーキのモニターをしていて、その日も新作を口に放りこんでいた。

「甘ったるいもんは好きじゃねーけど、ヒドイもん買わせられる客が可哀想だからな、食ってやるぜ」

 本意はそうでないが、モニター(と言えるかは不明)を頼まれた時、そう答えたのを思い出す。
それでも最近、好きでもない彼にでも旨いと思うケーキを作る様になったもんだから、つい言ったのだ。

「随分ケーキ屋が板についてきたんじゃね―か」

 すると彼女は無理に笑って「そ?」と答えたのだ。
その時は失敗作でも食って調子が悪くなったかと思ったのだが、
後で思えば彼女はまだ錬金術師に未練があったからあんな顔したのかもな、と気付いた。

 “そんな事、今さら考えたって無駄だろ?”

 昔なら言えた言葉も今は言えない。
あいつがどれだけ錬金術師に憧れ、悩み、苦労して、そして笑ってきたかずっと見てきた。

 俺にとっちゃ、騎士やめろって言われるようなもんなんだろうな…

 それが引っかかって、ついつい木陰でため息などしていたのだ。
この国一番の剣士は、現在この国一番悩める、ただの男であるかもしれない。

 

「あ、フレアさ―――んっ♪」

 好きな男が見ているとはいざ知らず、エリーは大股で走って駆け寄った。

「あら、久しぶりね」

 フレアさんは変わらない笑顔を見せてくれた。

「アカデミーに用があって…みんな元気ですか?」

 ケーキ屋を始めてから、当たり前だが、酒場である飛翔亭とはほとんど縁がなかった。

「ええ、飲んだくれのおじいさんも健在。あ、でも彼はつい先日見かけた時元気なかったわ」

「彼?」

「ふふ、彼については貴方の方が知ってるでしょうけど」

フレアさんはクス…と笑った。

「ぇえ?! もしかしてダグラスの事ですか?」

「そうよ、いつもの覇気がなかったっていうか…」

「本当ですか? あのダグラスがぁ?」

「ひどい言われようねぇ、思い当たらない?」

「う〜ん、どっちかって言えばあたしの方がそうだと…」

「え?」

「あ、すいません呼びとめちゃって。私行きますね」

ハハハとエリーは手を頭にあててその場を去った。

 どうしてダグラスの元気がなくなちゃってるんだろ…
この前なんて「随分ケーキ屋が板についてきたんじゃね―か」なんて言ってたくせに。
わかってる、わかってるよ未練たらたらなんてカッコ悪いよね。
だから今日、アカデミーに行って、そして「過去」として割りきってくるんだ…
頑張ろうって決めてるのに、なんでダグラスが意気消沈しちゃうわけ?
 それとも何かあったのかなぁ…私にはいっつも笑って意地悪言うのに、少しは気遣ってもらいたいよね! 本当!

 プンプン、とエリーはアカデミーに足を運んだ。
しかしイングリド先生にケーキを渡し、暫時懐かしい話に花を咲かせるうちにすっかり気が晴れてしまった。
それに――

「貴方の噂、よく聞くわよ、勿論良い意味で、でね。相変わらず頑張っているようね、安心したわ。
…エルフィール、貴方には錬金術師になるよう指導したけど、本当は貴方が幸せならなんでもいいのよ。
それに少しでも教えた事が生かされていればなおさら、ね。頑張って、エルフィール、卒業したって応援してるわ」

 と、言われると、落ち込んではいられないのだ。
いられないどころか、落ち込む気になれない。エリーはくすぐったい温かさにふふっと笑った。

 …この温かさ、ダグラスと一緒にいる時とちょっと似てる。
そうだよね、ダグラスも無理にケーキ食べてくれてまで応援してくれてるんだもの! がんばろっと!

 そう、エリーはアカデミーをあとにした。

 

「あ〜ぁ、いい天気だせ…」

 ダグラスは同じ言葉を繰り返し、ゴロンと横になった。
若草のいい薫りがする、視界一面真っ空になる。

 …武道大会で優勝したって、アイツが俺の事好きになるなんて保証どこにもねーよな。
現に励ますどころか落ち込ませるような事平気に言っちまうし。
そーゆう事ではルーウェンとかあの優等生の方がいいんだろうな…

 あーあ、と彼は目を閉じた。

 俺も少しはアイツの役に立てればいいのに、
        少しは上手く気持ちを伝えることができればいいのに、
                            もっと…

 彼はブツブツと眉を寄せながら浅い眠りについた。

さーて! 早く帰ってお店開けてっケーキ作るぞ!

 エリーは学生時代よく通っていた近道を軽快に走りぬけて、ぬけきるはずだった、が――

「きゃっ」

 ――ドタンッ…

 何かにつまずいて、エリーはすっ転んだ。少々冒険なれしてるからって、やはりコケれば痛い。

「も〜なにぃ? 一体…」

つまづいた「何か」に目をやると、足、があった、しかも見覚えのある…

「ダグラス!?」

声をあげ視線を上体に向けるとやはりダグラスであった、だが微動だにしない。

「ちょっとどうしたの!」

 エリーは立ち上がり駆け寄った、フレアの言葉が頭を過ぎる
――覇気がないっていうか――
もしかしてやっぱ何かあって…
         しかし、その不安もすぐに打ち消された。

 ――スー…スー…―――

 エリーは瞬時ドツいたろかと思ったが、
静かに寝息をたてながらも、少し眉間にしわを寄せてる顔が、信じられないが可愛らしくて、そっと横に座った。

「まったく、人の気も知らないで呑気に昼寝なんかしちゃって…」

 グリグリと人差し指でダグラスの眉間のしわを解す。

 「そんな顔してると、エンデルクさんやクーゲルさんみたくなっちゃうよ、私、そんなの嫌だからね」

 そう、ダグラスはちょっと失礼だっていつも笑ってて欲しい…
「何やってるんだよ、お前は」そうずっと言っててもらいたい…

「好きだよ、ダグラス」

自然に出た我が言葉に、エリーは急に顔を真っ赤にして空を仰いだ。
ほてる顔に手を当てながら、ちらっとダグラスを見ると、相変わらず寝息を立てて眠っていた。
しかし寄せた眉をとけており、ちょっと笑ったような顔をして、そして微かに囁いた、ような気がした。

…俺も―――

「え?」

 思わずダグラスの顔数センチまで覗き込むが、相変わらず寝息をたてるばかりだった。

幻聴だったのかな…やだな、もう。ダグラスがそんな事さ、好きとか嫌いとか考えるような奴じゃないもんね。

 彼は浅い眠りの中で、声が聞こえたような気がした。

 …好きだよ、ダグラス――

 俺も…と思わず答えてしまった。まったくどうかしてる、随分都合のいい夢だ、と彼は目をあけた。

 

 『わぁ!!!』

 二人は仲良く声を合わせて叫んだ。

「な、何してんだお前っ」

「そっそれはこっちの台詞だよ! こんな所で寝てるから、私ダグラスの足に引っかかって転んだんだから!」

「悪かったな、足が長くて。って、お前血でてんぞ」

 ダグラスはエリーの額を指差した。

「あ、なんかおでこヒリヒリするな〜って思ってたら怪我してたんだーアハハ、舐めとけば治るって」

「アハハじゃねーだろ、どうやって舐めんだ。俺が…」

「え…」

「絆創膏持ってっから…ほら顔かせ」

<「あ、そう、そうだね、騎士のたしなみパート�兇世諭�

「なーに赤くなってんだよ、お前」

「なっ、そ、そーゆーダグラスこそ、さっきどんな夢見てたのよ、困ったり笑ったりしてざぁ」

「か、関係ねーだろ! ほっとけ」

 

『(…おかしな奴)』

ある昼下がりのある木陰、同じ時間、同じ気持ちを共有している事に二人はいつか気付く日がくるのだろうか。

「ほれ、上手く貼れね―からじっとしてろ」  

 たとえ気が付かなくとも、二人の未来は強いて変わる事はないだろう。
例えばこの瞬間が、この国一番温かな空間である事に違いがない様に―――

「うん、ダグラスもね…」