考えてみれば、おかしな話だ。
自宅のアトリエ…というか自宅すべてがアトリエのようなものだが…で、藍色の髪の男はくつと笑った。
彼は数ヶ月前まで’聖地’というこの世界を統べる女王と9人の守護聖達が住まう、
それこそ御伽噺のような所で教官をしていた。
向かうは次期女王候補、と聞いたものの、実は別の宇宙を統べることとなる女子高生だった。
あまりにスケールが大きすぎて、残念ながら僕には理解できませんでしたよ、女王陛下。
以前よりリアルになった’女王’という存在に、彼は自嘲気味な笑みを浮かべた。
そう微笑んだところで、背後のドアが開き、声がかかった。
「セイラン様〜これはどこにしまって置くんですかー?」
はたきを片手に、ホコリをかぶった道具箱のようなものを片手にふりかざしていた。
その姿に、彼はまたくつと笑う。
「?」
その様子にわけがわからず彼女は目を丸くする。
途端、部屋を見回し、彼がここで何もしていなかった様子を確認すると、口を尖らせた。
「セイラン様も手伝ってくれなきゃ、いつになっても片付きませんよ!!」
その様子に、彼はお得意の人が悪そうな笑みを浮かべると、
「だったらずっと片付けていればいいのさ」
と言う。
む〜っと彼女が頬を膨らまさんばかり目を吊り上げると
「やっっとおウチに帰ってきたと思ったらこの調子で、いつになったら休めるんですか!」
そう、彼女達は数ヶ月出かけていた…新宇宙の女王即位式の後。
ともに戦ったライバルであり友人の晴れ姿を見た後、’彼’の提案で旅行をしたのだった。
「楽しかったんだからいいじゃないか。それとも君、僕と一緒でそれはもう疲れたのかな?」
窓際で意地悪そうに笑っている恋人に、彼女は
どうしてこんな意地悪な人について来てしまったのだろうと思う時がある。
今もそうだ、私が否定できないのを知っていてそんな事を聞く。
黙りこくっている愛しい人を、彼は手招きした。
彼女は少しためらったが、諦めて手に持っていたものを置くと、彼の傍に寄っていった。
「僕はね、アンジェリーク」
彼は少し前で突っ立っている彼女を座ったままで引き寄せ腰に腕を回した。
斜め下から彼女の瞳を見つける…エプロンについたホコリなんて、彼の邪魔にはならない。
「おかしな話だと思ってたんだ」
すると彼女は’何がですか?’と軽く首を傾ける。
「僕は一生、芸術に埋もれて、この閉ざされた家で一人、生きていくんだと思っていた」
彼は瞳を放さずに続ける。
「そして君は、新宇宙の女王になるべきひとだった」
’はい…’と彼女は変わらず返事をする…聖地にいた頃と同じように。
「でも、結局は僕は一人じゃなくて、君は宇宙の意思ではなくて、このひねくれた芸術家の傍にいる」
そこまで言うと、彼は視線を落とし、彼女の胸というか腹に顔を埋めた。
そんな彼を、彼女は抱きしめると、’だって私達は出会ったんですもの’と言う。
「ああ、そうだね、そのとおりだ…だけどね、アンジェリーク…」
彼はゆっくり埋めていた頭をおこすと立ち上がり、彼女の顔にかかった髪をよけながら続ける。
「僕はここに戻ってきて、この家に君がいる視界を得たとき…」
そこで彼はふふ、と笑みを浮かべると
「さて、片付けの続きでもしようか?」
と腕を捲くった。彼女は彼のわざとらしい仕草に、呆気に取られていた口をぎゅとヘの字に曲げてしまう。
「滑稽すぎて笑ったとでも言うつもりだったんですか!?」
続きも何もセイラン様は始めから片付けなんてしてないじゃないですか、とプイを顔をそむける。
その様子に彼は本当に苦笑いで思ってしまう。
(全く、君って子は…僕がどれだけ君を愛してしまっているのか知らないんだろうね)
そう苦笑しながら、今度は肩越しに彼女を抱きしめた…彼女の髪の香りが薫る。
彼女といったら、顔は彼から見えないが、体が硬直してしまっている。
そんな彼女が可愛くて、彼は耳元で甘く囁いた。
「僕は信じられないくらい、嬉しかったんだ…とても、とても…」
それが、おかしくて…きっと幸せな話なんだろう。
腕を放したときの彼女の顔と言ったら…
セイランはくつくつと笑う。
いいさ、これからゆっくり解らせてあげよう…――
――君は僕の女王だってことをね…
なんだか嫌味というか鬼畜っぽいセイラン様になってしまいました(泣) 戻る アンジェTOP