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今日も貧しいヒキダシ漁り、手帖かたてにあぶらあせ。
「い……いちぎょうもかけないよぅ……φ(TДT;;)」

創作のこと、日々の些細な出来事などをつれづれにつづります。
更新情報や掲示板に変化のない時などに、
「館長は生きてるかな?」とのぞいてみてください。
 
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(2010/01/26(Tue.) 〜 2009/12/29(Tue.))


  [516] 【本】南直哉「老師と少年」(新潮文庫)読了。 2010/01/26(Tue.) 

【内容】ぼくはいつか死ぬ。たったひとりで。なのに、大人は平気で生きろと言う。理由なき世界に生み落された少年は、「ただ死んでいく」のではなく、自ら「生きていく」ことを選びたいと願った。そして、月に照らされた森を抜け、老師の庵へとたどりついた―九夜にわたる問答を通して語られる、命の苦しみ、尊さ。気鋭の禅僧の精錬された文章とその行間が、魂へ深く深く突き刺さる現代人必読の物語。(「BOOK」データベースより)

まるで児童書かと見紛うような級数・行間と平易な文体で交わされる老師と少年の問答は、恐らくは誰もが一度は経験したことのある苦悶を懐かしさと共に再び胸の奥から抉り出す。自分とは何者か。何故生きなければならないのか。信じるとは、理解するとは……。噛んで含めるような、時には突き放すような老師の一言一言に、蒙を開かれ、膝を打ち、時に抗い激しながら次第に生きるということそのものを受け入れていく少年の成長に胸が熱くなる。安易な励ましも支えも答も本書にはない。あるのは少々の共感と、少し前を行く無言の背中。キリスト教やイスラム教などと違って、仏教は宗教ではなく哲学なのではないか──そんなかねてよりの印象をほんの少し強くされつつ、もっと禅宗の思想を知りたくなった。★★★★★

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  [515] 【本】中沢新一「チベットのモーツァルト」(講談社学術文庫)読了。 2010/01/24(Sun.) 

【内容】密教の実践的研究を通して、チベット高原の仏教思想と現代思想が幸福な邂逅をとげる―。物質に対する執着に眼を曇らされた闇を抜け、いまだ顕れ出ることのない純粋な未発の光に満ちたもう一つの夜を渡る旅へ。“精神の考古学”を駆使して新たな知の時代を切り拓き、思想の大海を軽やかに横断し続ける著者の代表作、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

本書のキーワードを一つあげるなら「間(あわい)」ということになろうか。存在と非存在の間。男と女の間。発話と沈黙の間。意味形成性の間。──その微妙なあわい、空性をすり抜けて、意識の自然、大いなる歓び、大楽に辿り着かん。……こうして無理矢理要約するとまるで妖しげなカルト宗教書のようだが、本書はジュリア・クリステヴァを軸にポスト構造主義思想とタントラ密教の教えを互いが互いの添え木となるようパラレルに展開しながら、現代社会が繰り出す足枷をすり抜けて真に自由に今を生きる知恵を提示しようと試みる。浅田彰が『構造と力』や『逃走論』で「クラインの壺型社会」からの「スキゾフレニックな」「逃走」という極めて抽象的な表現に留めているこの手の現代思想の結論部分を、本書はより具体的に、時に過剰なほど微に入り細を穿って描写する。その描写があまりに細密かつ極彩色に彩られているが為にかえって置いてきぼり感を感じなくもないが、もともと「あわいをすり抜け」るなどということが幻覚すれすれの微妙なバランスの上にしか成り立たないであろう事を考慮すれば致し方あるまい。むしろそのスリリングな思考の過程やパースペクティブを楽しむべきだろう。改めてじっくり曼陀羅を眺めてみたくなった。★★★★☆

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  [514] 【日記】ショッピングモール、4段重ねでぶった切り 2010/01/23(Sat.) 

どうも最近、一つのジャンルをまとめていっぺんにやっつけようとする不精な癖が付いてしまった。陽気に任せて、今日は東京東部から千葉北西部のショッピングモールを4箇所はしごする。と言ってもそれぞれをくまなく回るつもりなどさらさらなく、それぞれに行きたい店が数か所あるのみ。前置きはこの辺にしてとっとと行こう。

まずは湾岸道路を西へ西へとひた走り、舞浜大橋を超えて本土(=東京)上陸。一路、ららぽーと豊洲[Click]を目指す。手持ちの道路地図にも車に搭載しているカーナビにもそんなスポットは存在しないが、天竺を目指す玄奘三蔵の信念で構わず豊洲の街区に入城すると、年越しカウントダウンには天空から夥しい紙吹雪が舞いファンファーレが鳴り響くに違いない整然たるマンション・ビル並みとグリッド状の太い道路にたじろがされる。さすが本土は格が違うな。ららぽーとの送迎バスを見つけて慌てて後を追うと勢い余ってパーキング入り口を通りすぎてしまった。ぐるりと裏通りへまわってあたふたと車を停める。興奮で鼻血が出そう。

建物に足を踏み入れると目立つ位置にパイプオルガン。わあお。駆け寄ってまじまじと見上げる。……おっと、そんなことをしに来たのではなかった。ここでの目的は、先日自由が丘でお世話になったアジアン家具店「クワイエットアワーズ[Click]」の店舗を確認すること。フロアガイド片手に辿り着くと一際エキゾチックな異彩を放つ空間に馴染みのウォーターヒヤシンス家具が目に飛び込む。「いらっしゃいませ、ご不明の点は何なりとお申し付け下さい──」入店と同時にスタッフ1名が付かず離れずの位置でピッタリマークに付くのは自由が丘店と同じ、この店のスタイルなのだろう。こぢんまりとしたスペースをいくつかに仕切り、様々なシーンを想定したシミュレーションが効率的に展開されている。が、なにぶん狭く、一つのスペースで客とスタッフが商談しているとその先に行けなかったりする。幾度かぐるりとぐるりと迂回しつつ、早々に退散。うむ、やっぱり自由が丘店の方がのびのび見て回れるな。「アートショップシバヤマ」「置地廣場」「チャイハネ」などに寄って第1ミッション終了。

湾岸道路を引き返し、舞浜のイクスピアリ[Click]へ。言っちゃ何だが、ここには特に何の用事もない。用事もないショッピングモールにのこのこ出かけるとは、そもさん、何の所為ぞ! とは言え、ここは目的なぞなくとも充分楽しめる。時々無性に来てみたくなるのだ。ちなみに言い添えておくが、特にディズニーファンというわけではない。

珍しく空いているシルク・ドゥ・ソレイユシアター側の駐車場に車を停めてイクスピアリに入ると、中も普段ほど混んでおらず、ゆったり漫ろ歩ける。いつも通り挨拶代わりに「タイムレスコンフォート」を一巡し、ジャムの「セルフィユ軽井沢[Click]」で奮発お買物の他、ここでも「チャイハネ」、靴の「マーレマーレ」、「コムサマーケット」などを見て回る。小腹が空いて気が遠くなり、慌てて「モンスーンカフェ」で遅い昼食。人心地をつけると再び「レインフォレスト・カフェ」のグッズショップでチェブの分身たちを愛で、イクスピアリの真打ち「フォレッティ・ジェルッタ」で舌鼓。いと善きかな♪ ……西日が差してきた。第2ミッションはここまで、先を急ごう。

いささか渋滞に呑み込まれながらも、なんとかVIVIT SQUARE[Click]に到着。ここはまヂでやヴぁい事になっているが、その件は後述に譲ってひとまず隣のららぽーとTOKYO BAY[Click]から。

焼酎オーソリティが今日で閉店という情報を入手したばなさんに導かれ、ピーマン焼酎「ぴめんと」を手に入れんと駆けつけるも、既にフロアの半分以上はもぬけの殻。びめんとは忽然と行方をくらました後だった。しまった、ひと足遅かった──!  くそぉ、ぴめんとぉ……このまま逃がしはせんぞぉ、などとブツブツ呟きながら「グラフィックステーション」他をさらりと経巡り、VIVIT SQUAREに戻る。外は既に陽が落ちているではないか。急げ。

VIVIT SQUAREには正面エントランスの他、外から直接2階へ上がれるエスカレータが側面に設置されている。我々はたいていこちらを使うのだが、ここから入ると俄に信じがたい光景が目に飛び込んでくる。通常、ショッピングモールというものは、建物に一歩踏み込んだ瞬間から店舗店舗店舗、いらっしゃいませの混声四重唱が賑々しく出迎えるものだ。いっぽう、こちらVIVIT SQUAREの側面エスカレータから入って出迎えるのは、白い壁。進んでも進んでも白い壁。いや、膝の高さに所々金網が張ってある。薄暗いその中を覗くと、剥き出しのコンクリート。見てはいけないものを見た思いで慌てて目を逸らす。それもそのはず、優に10店以上が入れるフロアに、現在はたった2店舗しか残っていないのだ。よくこれで持ちこたえているな……と思うが、そう簡単に潰れて欲しくもない。と言うのも、3階の一角に非常にディープなアジアン家具、雑貨等をまるでガレージセールのように雑多に並べたスペースがあり、これが非常に刺激的なのだ。

アジアの王侯貴族の邸宅もかくやと思わせるアンティークからエクステリアまで充実の「カンパンランナー」、バリ直輸入の雑貨・アートを有象無象に積み上げた圧倒的な迫力の「バグース!アンティーク」、洗練されたアジアン・インテリアを提案する「F・デザイン」と、アジア物好きには堪らないエリアだ。絢爛のアクリル画、ガネーシャの置物、仏陀の顔の壁掛け、ヤモリのレリーフ……うーんゾクゾクするぅ。じっくり見て回り、たっぷりとイメージを膨らませる。いかにも買いそうな素振りで店員さんには気を持たせてしまったかも知れない。申し訳ないと思いつつ、次の楽しみに残して退店。

というわけで以上4箇所、すべてのミッション終了しましたっ。(`・ω・´)ゞビシッ!!
いささか草臥れたでありますっ。(`・ω・´)ゞビシッ!!

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  [513] 【日記】サルに癒されるでごザル、の巻 2010/01/17(Sun.) 

先日2階の書棚を移動した折、中身を一通り見直してもう必要ない本を抽出したら結構な量になった。当時はろくに開きもしなかったくせに後生大事にとってあった大学時代の教科書や、前職で必要に迫られ大型書店でやっと手に入れたもののほとんど体得することもなく職を移ったためにもう見ることもなくなった、というよりむしろ二度と見たくない循環器系の専門書など、恐らくブックオフに持っていっても買ってもらえまい。そんなわけで先日ネット検索したところ、車で1時間ほどの町に、学術書を中心に出張買取をしてくれるというネット古書店を見つけた。
古書 なごみや [Click]

近いとはいえ、わざわざ来ていただくのにたいした本もなくいささか恐縮しながらもお願いをしてみたところ、快く来ていただけることに。そして今日、福々しい笑顔と共にお越し頂いたご店主は、段ボール3箱の有象無象を我々の予想を大きく上回る高値で買い取ってくださった。ありがたやありがたや。併せて、あらかじめ商品検索して面白そうな本をこの日持ってきていただいていたのだけれど(ラインハルト・グレーベ「都市計画ガイドブック −みんなでまちを造った−」(集文社/1984年)、伊藤整 編「世界文学全集48 世界近代詩十人集」(河出書房新社/昭和48年)、「WAVE19 サイバーシティ東京」(ペヨトル工房/1988年))こちらも当初の価格より値引の上、買取代金の中からいくらかお返しする形で頂戴した。素敵なご商売とお知り合いになれ、スペースは片づき、懐は潤い、おまけにちょっと面白そうな本が手元に3冊。何という充実。

……ところで、今日のメイン・イベントは実は別にある。先日リクナビに紹介された求人の一つに冷やかし半分で応募したところ、書類審査が通過してしまい、あれよあれよという間に面接の段取りまで進んでしまった。まだ若いベンチャーだということ以外どんな会社か全くわからず、自分で蒔いた種とは言え俄に気が重くなったのだけれど、話を聞くだけはタダだし、今の会社より良さそうなら見つけものだ、と気を持ち直して出かけることにした。それが本日夕方。滅多に袖を通すことのないスーツを引っ張り出し、窮屈なネクタイを締め、履歴書と作品集を鞄に入れて駅へ向かう。

以前、自転車で行き来した割とお気に入りの街に降り立ち、10分ほど歩いて辿り着いたのは、某川の支流沿いに建ったばかりの新築高級?賃貸マンション。ワンフロア=ワンルームの事務所に通されるとどことなく雑然としたスペースの脇に二段ベッド。いきなりギョッとさせるではないか。見晴らしのよい窓際で始まった面接の詳細はさすがに割愛するが、結論から言うと、まだ方向性すら定まらない出来たばかりの会社、目下スタメンを掻き集めているといった様子。やり甲斐や実入りは悪くないかも知れないが、相当危険な賭けには違いない。

20分ほどの面接を終えて何やらモヤモヤと考えがまとまらないまま津田沼に戻ると、やはりふらふらと足がモリシアへ向かう。今日明日でいよいよ閉店になってしまうモリシアのアジアン雑貨屋が呼んでいる。おいでおいでと呼んでいる。お香から小物・雑貨、置物までずらりと並んだ棚に、3匹の猿がまだいる。背中合わせの見ザルと言わザル、それぞれの肩に片足ずつを置いて正面をキョトンと見据える聞かザル。大きいのと小さいのがあるけど小さいのには目もくれず大きいのを手に取る。一旦置いて既に見尽くしているはずの棚を一巡し、もう一度手に取る。そのままレジへ。

「面白いでしょ、これ。向こうの人間が作るとこうなるんだよね」サルを新聞でくるみながら、飄々とした店主が話しかける。訊けば、この三猿の木彫りは紛う方なきインドネシア製品だけれど、発想自体は日本のもので、日本人が現地に発注しているんだとか。日本と同じ物がインドネシアにも!と吃驚した分ちょっとがっかりだが、やはり日本人には作れない、亜熱帯のジャングルを飛び回っていそうなサルたちは文句なく可愛い。会計後もしばらく現地事情など四方山話を交わして、後ろ髪を引かれながら帰途に就いた。

帰宅後、絞った布巾で埃を拭い、テレビ台の上に置いてとっくりと眺める。何? オイラ何も聞かないよ。オレ言わない。ボク見ないから。キョトンとした目を見ていると、時にはそれもいいような気がしてくる。モヤモヤが少し軽くなる。

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  [512] 【日記】アジアン雑貨とカレーうどん 2010/01/16(Sat.) 

土曜出勤を終え、津田沼駅でばなさんと落ち合うと、南口のモリシア、閉店間近のアジアン雑貨店トコへ。先日は見掛けなかった飄々とした店主らしきお方が「ぜーんぶ半額だからね。値札の張り替えが間に合わないから自分で半額に計算してね」と声を掛けてくる。そうとなれば今がチャンス、と普段なら横目で追いつつスルーするようなお香だの籐製品だの手当たり次第に物色。何か一つは欲しいと思っていたガネーシャ(象の頭を持ったヒンドゥー教の神様)グッズも、お香立てでゲット。ばなさんも可愛いスカートを見つけてご満悦。

上階のヤマダ電気で取り寄せてあった加湿器のフィルタを受け取った後、夕食をどこで食べようかと思案、以前からちっょと気になっていたPARCO1階のカレーうどん専門店「千吉 [Click]」を試してみることに。ばなさんは「辛吉カレーうどん・ちくわ天乗せ」、僕は「ブラックカレーうどん」。ほどなく熱々がやってくる。食欲をくすぐる香りに誘われてズルッと一口、上あごを軽くヤケドする。うむ。これは。はふ。んま。はふ。ずる。あつ。から。んむ。おほ。んまいなおい。

ミルク仕立ての深みのあるコクとしっかりスパイシーな辛さがやみつきになりそう。冬の寒い夜はカレーうどんで決まり。かも。

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  [511] 【本】浅田彰「逃走論―スキゾ・キッズの冒険」(ちくま文庫)読了。 2010/01/12(Tue.) 

【内容】《パラノ人間》から《スキゾ人間》へ、《住む文明》から《逃げる文明》への大転換の中で、軽やかに《知》と戯れるためのマニュアル。―現代思想の最前線を疾走する若き知性がドゥルーズ=ガタリ、マルクスなどをテクストに語る《知》的逃走のための挑発的メッセージ。(「BOOK」データベースより)

前著「構造と力」よりポップで読みやすい、とのもっぱらの評だが、どっこいポップなのはそういう雑誌に掲載された文章だけで、対談や鼎談などは解っている者同士で丁々発止と交わされる言葉だけに却って「構造と力」より難しいぞ。でも言ってることはだいたい「構造と力」と同じ、脱コード化された「クラインの壺」的果てなき差異化の競争社会から軽やかに逃走せよ。できるかっつーの!と笑い飛ばしたくもあるが、これはオブジェクトレベルでのプラクティカルな指南と言うよりもむしろメタ的な気構えの問題とようやく気付いた。だって目指すは、知の“戯れ”だもの。★★★☆☆

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  [510] 【日記】体力勝負! アートはしご1泊2日 2010/01/09(Sat.)-10(Sun.) 

一日で廻る展覧会が1件から2件、2件から3件とエスカレートしていった挙げ句、とうとう泊まりがけプランを敢行することに。優雅なのか酔狂なのかよくわからんが、たぶん酔狂なんだろう。というわけでツアー出発。

[その1]東京近代美術館「レベッカ・ホルン展」 [Click]
 ドイツの現代アート作家、レベッカ・ホルンの日本初の個展。烏などの鳥の羽や、ピアノ、ナイフ、ピストルなどを真鍮のからくりで繋ぎ、モーターで静かに動かすオブジェはどこかスチームパンク的な滑稽さとファンタジーを醸しつつ、命や、間主体的行為を蒸留・再構成し、息詰まる緊張感と共に提示してみせる。そのシニカルかつリリカルなメタフィジックの世界に魅せられる。映像作品はいくつものホールを連ねて同時上映しているのを、あっちをつまみこっちをつまみしたので、概ね何が何だか解らなかったが、その解らなさに不思議な魅力を覚える。とりとめのない夢を抽出したようなわずかにグレーがかった静かな映像に引き込まれた。

[その2]日本橋三越7階ギャラリー「アンコールワット展」 [Click]
 展示会場や図録で写真協力された元上司の写真家・戸村廣氏から招待券を頂いていた「アンコールワット展」、展示のメインは石の彫像とのことで、初めはそんなに期待していなかったのだが、アルカイックスマイルというのか、想像以上に表情が豊かで驚いた。独特の小雪みたいな涅槃の微笑みや神々のポーズのダイナミズムが、日本の仏像の静的な感じと対照的ではからずも引き込まれた。氏の写真は恐らく空間を仕切るタペストリーなどに大きく引き伸ばされて使われているようで、現地の空気をよく伝えていた。

この後、品川の原美術館で「ヤン・フードン 将軍的微笑」を見る予定だったが、タッチの差で間に合わず、少し早いが夕食に備えて大崎へ回る。はじめばなさんはゲートシティ大崎にあるインド料理をチョイスしていたのだけれど、時間つぶしにふらふらしていて、同ビルにバリ・インドネシア料理の店を発見。面白そう、美味しそう、と急遽予定変更。

[夕食]ゲートシティ大崎「カフェ ウブド」 [Click]
 開店と同時に席を占め、インドネシアビールで乾杯。テンペの素揚げや生春巻き、サテ・チャンプルとインドネシアの食に浸る内、次第に客も増えてくる。やがて、突如ガムラン音楽が鳴り始め、民族衣装を着飾った女性がバリ伝統の歓迎の踊りを披露。指先の緊張、大きく見開かれた目に、思わず手を止めて見入る。アラック・オブ・バリのグラスとガムランの響きにすっかり気持ちよくなってしまった。

夜は御殿山まで歩き、「御殿山ガーデンホテル・ラフォーレ東京」にチェックイン。翼端灯の赤い光がひっきりなしに空と地上を行き交う品川の夜景が一望できる部屋に溜息をつき、サービスのチケットでラウンジのバーにてカクテル。通常の半額というお得なプランで、つかの間のなんちゃってセレブ気分に浸る。


翌日はホテルの送迎バスで品川まで出て、恵比寿へまわり、移転間もない山種美術館からはじめることにする。

[その3]山種美術館「東山魁夷と昭和の日本画展」 [Click]
 東山魁夷は市川の記念館まで行っているので取り立ててこの展覧会に期待する必要もないのだけれど、新装山種の様子拝見を兼ねて。と思ったら、朝の開館間もない時間からえらい混雑。中高年や家族連れがチケット売場に列をなしている。展示スペースもたいして広くなったわけでないのに人ばかりがやたら押し掛けて、今ひとつ日本画を心静かに鑑賞、という雰囲気ではなかった。改めて来てみたい。

[その4]フランス大使館「No Man’s Land」 [Click]
 晴天のもと再訪する。前回見落としていた部屋から回り、既に撤去された部屋、様子が異なっている部屋、展示の制作が進行している部屋など、この展覧会が不断に進化し続けていることを再認識する。前回は雨がしとしと降る寒い夕暮れだっただけに色々と気味の悪さを感じたが、今回はそういうこともなく、心おきなく見て回れた反面どこか物足りない気もした。

日比谷線で六本木へ。久しぶりの六本木ヒルズでまずは腹ごしらえにがっつりトンカツ。ご飯もしっかりおかわり。さあ次ぎ行ってみよう。

[その5]森アーツセンターギャラリー「ザ スピリット オブ ビューティー展 時空を超える美の真髄」 [Click]
 六本木ヒルズでの本命は「医学と芸術展」だけれど、同時開催の本展覧会にも惹かれ、セット券ならお得と寄ってみれば……ひゃあ、何じゃこの人の河は。しかも圧倒的な女性比率の高さ。実は何やらキンキラキンという以外、展覧会の主旨もよく解っていなかったのだけれど、ヴァンクリーフ&アーペルというパリの老舗宝飾工房の、この世の物とも思われぬ煌びやかな宝石の一大饗宴が、暗い開場に這う白い樹木を模した支柱の上に並んだガラスのボールの中で繰りひろげられていたのだ。眩しい、眩しすぎる。そりゃ女性達が食らい付いて動かないわけだ。お陰でじっくり目の保養をさせていただきつつ、つい、この開場全体で時価何億円に相当するだろうと無粋な計算が頭をよぎった。

[その6]森美術館「医学と芸術展」 [Click]
 ばなさんたってのご所望の本展。妊婦の解剖図やミニチュア模型は中世の昔から人々が解剖学に倒錯的な興味を惹かれていたことを赤裸々に証言する。長大な紙ヤスリのキャンバスに頭蓋骨を摩滅するまで擦りつけて描いたというアート?や、何と実物の人体スライス標本など、倫理的に首を傾げるような展示もこの手の展覧会にはお約束。また、リヤカーで運ばれる巨大心臓のオブジェや、ゲームボーイに興じる老いた少年達、老人ホームに集うアメコミヒーローといった、生命倫理や老いの問題を問うアート作品も並ぶ。見応え十二分の展覧会だった。

いい機会なので、このランドマークの屋上、東京シティビュースカイデッキへ300円の追加料金で登ってみる。上層の凍える気流に吹きさらされながら、それでも普段なかなかお目にかかることの出来ない東京の夕暮れの俯瞰図を360度、存分に見渡す。これはちょっと、相当に壮観だ。

今回の展覧会巡りはこれにて終了。最後にこれまたばなさんのかねてよりの希望で、バングラデシュのジュートを用いた素敵なバッグを現地との協力で作っているマザーハウス[Click]の、移転した新しい入谷1号店へ寄るべく再び日比谷線で移動。

誰そ彼の下町を歩くと、路地裏にぽっとそこだけ温かい灯りの漏れる小さな間口。マザーハウスの入谷店を訪れるのは、旧店の時といい、はからずもいつもこんな時刻だ。それがあくまで個人的な体験ながら、いかにもマザーハウスの手作り感としっくりくる。迎えてくれた、まるで入谷で生まれ育ったようなちゃきちゃきした印象の若い店員さんと言葉を交わしながら、ばなさんはポシェットとポーチを見繕ってほくほく。

上野発から京成線に揺られて、草臥れながらエピローグの夢を見る。六本木ヒルズの屋上からダイブして飛び起きれば、そこは再びの日常。
『津田沼、津田沼〜』

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  [509] 【本】マイケル・プロンコ「トーキョーの謎は今日も深まる」(メディアファクトリー)読了。 2010/01/06(Wed.) 

【内容】在住15年─住むほどにミステリー。あなたの知らない「東京」がここにある。(「BOOK」データベースより)

以前読んだ詩人のアーサー・ビナードのエッセイにも言えるのだけれど、在日アメリカ人の書く文章には、当人の年齢に関係なく子どもの目線のような素直さが感じられてとても新鮮だ。育った文化風土が感受性に及ぼす摩耗の度合いの違いだったりするのかもしれないが、まずそこが面白い。そして、彼ら外国人の目から見て、東京が如何に緻密で精巧な生活サイクルをこなしているか、如何にストレスフルな都会生活を無意識に送っているかが照射され、今さらながらにギョッとさせられる。確かにこんな中にいきなり飛び込んだら頭痛にも悩まされるよな、と思わずにいられない。著者は意識的に「東京は世界で一番○○な街だ」という書き出しを多用してひとまずの類型化を試みながら、人口稠密の著しいこの街で東京人が編み出した様々な知恵や行動様式に驚き、それに対する東京人自身の無自覚を洗い出していく。スピード謝罪、脳内ナビ、空手チョップ、横目レーダー……苛立ちながら、共感しながら、異文化が間主観的に溶け合っていくひとつの様が鮮やかに見て取れる。★★★★☆

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  [508] 【日記】投げ売り、アジアン雑貨 2010/01/04(Mon.) 

仕事始めはそこそこに切り上げて津田沼に降り立ち、ふと思い立って南口モリシアに足を向ける。年末にばなさんとモリシアに寄った際、ちっょと素敵なアジアン雑貨店が確か閉店セールを始めていた。まだやっているだろうか。

2階のフロア中央奥へ来ると、かどにその店はまだあった。前回は物騒にも店員の姿が見えなかったが、今日は奥のレジに、眼鏡を掛けたちっょと藤子F先生の描くキャラを彷彿とさせる男性店員が一人で店番をしていて、棚をゆっくり経巡るこちらに「そこの棚は全品半額です」と控えめに声を掛けてくる。半額。その言葉に思わず素敵なあれこれを手にとってはひっくり返して値札を確かめる。ちっょとした投げ売り状態に内心小躍りしながら、チーク材?の重厚なトレイやアタと称するらしい籐製のコースター、テーブルマットなどを見繕う。来るウォーターヒヤシンスのセンターテーブルに合わせたらさぞ素敵だろう。

会計をしながら、店がいつまでやっているか訊けば、「17日まで」とのこと。またこよう。

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  [507] 【日記】第2のリビング作戦・第2弾 2009/12/29(Tue.) 

 さあ休みの始まりだ──と言いたいところだがご苦労様なばなさんは今日いっぱいまで仕事。本日お一人様だ。ひとりになるととたんに時間の流れが速まるのでたいしたことはできないが、その中でもさて何をしようか──と家の中を見渡せば、いやが上にも目に付く引っ越し直前のような2階洋室。売ろうと、或いは捨てようと分別しておいた書籍類がPCラックと言わず窓枠と言わず山と積まれている。2月に待望の家具類一式が搬入される前にこの部屋を徹底的に磨き上げておきたい。やるなら今か。
 段ボールの空き箱に文庫やコミックを手当たり次第に詰め込んでは1階へ降ろしていく。空いたPCラックに部屋干し時に使っている扇風機やコンビニクーラーを詰め込み、埃をかぶった電子ピアノや物干し台、ぎっしり詰まってずっしり重いCDラックなどと共にひとまず狭い廊下から隣の寝室にかけてへ避難させる。急にがらんと広まった洋室を前に重い溜息が出そうだが、そこは「モモ」の道路掃除夫ベッポに習って、目の前の一手一手にのみ集中していこう。
 クイックルワイパーの柄の先に固く絞った雑巾を巻き付けて、まずは水ぶき。決して広い部屋ではないが、きっちり隅までやろうとするとこれだけでもなかなか力がいる。次にワックス剥離にも使える洗剤を薄めてもう一度部屋全体を拭き上げる。本来はこれを一度した後、2度の水ぶきを経てワックス塗りに入ればいいのだが、思いがけず雑巾が真っ黒になったので、もう一度洗剤で絞った雑巾でなぞる。汚れが取れるにつれ、そして雑巾の水分が床との摩擦で減少するにつれ、抵抗が大きくなる。胸のあたりで押し出すように力を掛けるクイックルワイパーの柄がみしみしと軋む。この時点でかなり息が上がっている。
 同じ要領で今度は湯で絞った雑巾で洗剤を拭き取っていく。一度、二度と繰り返すが雑巾を見るとそのつど真っ黒。いったいどれだけ汚れていたのかこの部屋は。三度、四度と次第に何か憑かれたように繰り返すも、雑巾はいっかな綺麗なままで終わってくれない。きりがないので次で終わりにしようと、うんざりしながら引きずるように雑巾をかける。が、時折足下できゅ、きゅ、と小気味のいい音が鳴り、心なしか成果を確認できる。
 しばらく扇風機で乾かした後、隅からワックスを垂らし、乾いた雑巾で拭いていく。広がっていくなめらかな光沢に深い満足感を覚えながら、迂闊に出られなくなったりしないよう退路を確保しつつ、慎重に後ずさり。程なくてらてらと輝きを取り戻した洋間のできあがり。第2のリビングとなるスペースは以前雑多な家具を置いていたので実質ワックスを塗るのは今日が始めて。なので念のため、30分ほど乾かしたあとに再度重ね塗りを施す。
 じっくり乾かした頃には日もあらかた沈んでしまっていたが、まるでダンス教室のように生まれ変わった洋室で、ばなさんが帰ってくるまでしばしくるくる回りきゅうきゅう言わせて悦に入る。

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