抗生物質が効かない毎日新聞 2002年10月14日)
    子供の中耳炎、伝染性の皮膚病も   万能薬と思っていたら … 使い過ぎで耐性菌増え
     抗生物質に耐性を持つ細菌が増えたため、子供の中耳炎などが治りにくくなっている。耐性菌が増えたのは、
     必要以上に抗生物質が使われている為とみられる。
     このままでは、耐性菌による感染症にかかった時に抗生物質が効かず死亡する子供が増えてしまう、と一部の
     医師たちは危機感を持ち始めている。
  小児医療の現場
     よく効くはずの抗生物質が効かない。北里大の砂川慶介教授(感染症学)が異常に気付いたのは97年だった。
     中耳炎で来院した0〜2歳の子供の治りが悪く、抗生物質を飲んでも熱が引かないため入院したり、再発を繰り
     返すケースが1ヶ月間に3件相次いだ。
     「中耳炎で入院することなど従来は少なかったので、何かおかしいと思って調べた」(砂川教授)ところ、中耳炎
     の原因となっている肺炎球菌がペニシリン系抗生物質に耐性をもつことが分かった。
     当時の調べでは、肺炎球菌のうち耐性菌の占める割合は3〜4割だったが、現在では6割のも上る。
     「今は使える抗生物質がかなり限られています。飲みやすい味の薬が使えないので苦味の残る薬を出さざるを
     得ず子供が飲んでくれないという思わぬ弊害も出ています」と砂川さんは話す。
     主に黄色ブドウ球菌が原因となる幼児の伝染性皮膚病 「とびひ」 でも、多くの抗生物質が無効なメチシリン耐性
     黄色ブドウ球菌(MRSA)が増えており、最近では高熱が出て重くなるケースが報告されている。
     たまたま抗生物質に強い遺伝子を持つ菌が生じると、病院のように抗生物質を多く使う所は、耐性菌はどんどん
     優勢になる。通常の菌は死ぬ為、菌同士の生存競争がなくなるからだ。菌数は一晩で1000万〜1億になる。
     MRSAの研究で知られる順天堂大の平松啓一教授(細菌学)は「病院内の黄色ブドウ球菌のうちMRSAの占める
     割合は今や6〜7割。MRSAの感染で亡くなる人は国内で少なくとも年間1万8000人に上ると見られる」と話す。
    このMRSAが病院の外でも見つかり始めている。
     平松さんらが昨秋、東北地方の4箇所の幼稚園、保育園で園児ら約400人を調べたところ黄色ブドウ球菌を持つ
     154人のうち14%に相当する22人からMRSAが見つかった。
     そればかりか、メチシリン耐性に関わるある特定の遺伝子(カセット遺伝子)を持つ表皮ブドウ球菌の保有者が
     40%いた。表皮ブドウ球菌はありふれた菌ですべての人が保有する。
     カセット遺伝子は自由に移動する性質を持つので、これを黄色ブドウ球菌が受け取ると、MRSAに変化してしまう。
     調査結果について、平松さんは「このままでは相当数の健康な人がMRSAを保有するようになるのでは」と懸念する。
     病院の外で耐性菌が増えれば、いくら院内感染を防いでも、外から病院に持ち込まれてしまう。
     「かつて抗生物質はすべての細菌を殺す万能薬と思われていたが、実は使えば使うほど切れ味が鈍る刀なんです。
     重症な感染症に効かなくなるという事態を避けなければなりません」
   どうすればいい?
     耐性菌をこれ以上増やさないために、小児医療の現場ではどうしたらよいのだろう。
     仙台市で小児科医院を開業する寺澤政彦医師は「できるだけ抗生物質を処方せず子供の免疫力が働くのを待つ。
     抗生物質の必要な場合を見極め、メリハリをつけた治療が必要だ」ときっぱり言う。
     同医院ではウイルスが原因である風邪の場合は、咳止めなど症状を軽くする薬は出すが、まず水をたくさん飲ませ
     るようアドバイスする。水分が不足すると代謝が不活発になるだけでなく、のどの粘膜が乾燥して免疫力が落ちる。
     一方で子供ののどの奥の粘膜を採取して、どんな細菌がいるか培養し、必要な場合は抗生物質を処方する。
     急性中耳炎の場合も同様だ。細菌性は半分で、残りはウイルス性と見られる。
     自然に治ることも多いので、痛み止めを処方して1〜2日様子を見る。
           耳だれが出ていたら培養して治療方針を決める。
     「髄膜炎のような一刻を争う病気では培養する時間はないが、多くの風邪や中耳炎の場合、3日程度では命に
     別状ない。いろいろな抗生物質を無駄に飲むよりも、確実に治療できる抗生物質を特定して処方したほうがいい」と
           寺澤さんは話す。
     医師から処方されても、抗生物質を飲む必要性があると納得できない場合、どうすればよいか。
     寺澤さんは「よく話し合える医師を探すのが一番。昔はどうしても抗生物質が欲しいという親が多かったが、最近は
     勉強している人が増え、抗生物質を出さない方が喜ばれたりします」という。

目次にもどる