風邪に抗生物質「無効」やっと指針   (朝日新聞 2003年12月8日)

  来年、感染症学会「予防目的でも不要」  多くの医師が処方
     風邪に抗生物質は効くと思いますか?答えは「ノー」だ。ところが、ただの風邪に抗生物質を出している医師は
     少なくない。
     こういった乱用が、どんな抗生物質にも抵抗力を持ってしまう耐性菌の出現を招き、深刻な院内感染を起こすと
     指摘されている。しかし、最近まで学会や国も注意を促してこなかった。なぜ放置されてきたんだろう。
    ●「手ぶらで帰せぬ」
     風邪の原因の90%がウイルスだ。細菌を殺す抗生物質は効かない。抗生物質は細胞に作用するが、細胞
     そのものを持たないウイルスには効果がないからだ。
     軽い風邪なら十分に休養を取るといった対症療法しかない。
     抗生物質が必要なのは3日以上高熱が続くなど、症状が細菌によるものと診断されてからのはずだ。
     ある開業医は「患者を手ぶらで帰すわけにはいかず患者も欲しがる」と打ち明ける。
     大阪市の中浜力医師は2001年、全国の開業医409人を対象に風邪患者への処方実績を調べた。
     すると、抗生物質を「ほぼ全員」に処方するとした医師は30%、 「2人に1人」が32%、「ほとんど処方しない」
     は4%に過ぎなかった。半数以上が処方の理由として「細菌性二次感染の予防」を挙げた。
   ●乱用、何度も警告
     しかし抗生物質に予防効果がないことを示す研究は数多い。川崎医科大では、風邪の患者2000人の半分に
     解熱剤などの対症療法、半分に抗生物質のペニシリンを投与した。
     治療5目以降に抗生物質が必要だと診断された患者は、ともに3人で差はなかった。
     日本呼吸器学会は今年6月、成人気道感染症の指針に、風邪への抗生物質の使用はできるだけ控えるべきだと
     初めて盛り込んだ。
     投与が適当なのは3日以上の高熱や、うみ状のたんや鼻水が出る場合などに限定した。
     指針をまとめた川崎医科大の松島敏春教授は 「抗生物質を『使わない』方針を示した画期的な内容」と話す。
     抗生物質では死なない耐性菌が問題となり始めたのは92年、千葉県の病院で大量の耐性菌による院内感染
     が発覚したことがきっかけ。
     以来、抗生物質の乱用に対する警告が繰り返されてきた。松島教授は「怠慢と言われればそうかもしれない。
     日本の感染指針は、海外に比べ10年遅れている。」と話す。
    ●購入額、英の約6倍
     国の対策はどうか。厚生省は96年、院内感染の問題を受けて抗生物質の診療手引を作成。だが、風邪の項目
     に「対症療法と二次細菌感染の予防が主体」として、使うべき抗生物質の名前を列挙している。
     2001年には日本感染症学会などに新たな手引の作成を委託した。が、ここにも、抗生物質のリストが残った。
     手引をまとめた東京慈恵会医科大の柴孝也教授は「細菌性の風邪もあるので、一律に抗生物質を使うなとは
     書けなかった。」と説明する。
     ようやく、来年5月に出す改訂版に「風邪に抗生物質は無効。細菌性二次感染の予防目的の投与も必要ない」
     との文書が入る。日本の抗生物質の生産は、ここ10年間減少傾向が続く。
     それでも1人当たりの抗生物質の購入額は4600円。米国の約5100円より少ないが、フランスの約2600円、
     英国の約800円に比べると格段に高い。
     厚生省は 「EBM (根拠に基づく医療)という言葉が出てきたのは、ここ2〜3年で以前は国として指針作成を
     依頼するのは難しかった」と話す。

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