集団結核
(読売新聞 2004年5月19日)
先進国で最悪の患者発生率 医療機関でも薄い危機感
今年に入って各地の病院や学校で、肺結核の集団感染が相次いでいる。
2002年 - 31件、2001年 -
49件。厚生労働省がまとめた全国の集団感染の件数だ。
国は1999年に結核緊急事態宣言を出して「結核は過去の病気ではない」と訴えた。緊急意識の低下に対する警告
だったが、今も実態は厳しい。
慶応大理工学部では、今年2月、20歳代の男子学生が結核で入院した。横浜市によると、他の学生や職員の
計252人を検査した結果、学生2人の発病が分かった。
ほかに88人に感染の疑いがあり、予防治療を受けた。富山県や北海道の医療機関、横浜市内の学習塾などでも
今年、集団感染が報告されている。
一方、埼玉県内では、4月、産婦人科で新生児のケアにあたる50代の準看護師が、気管支結核を発症しているのが
確認された。
準看護師と接触した可能性がある新生児や母親への集団感染が心配され、病院では1000人以上に検査を呼び
かける事態となった。
結核の集団感染が起き易いのはインフルエンザや新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)のように急性症状が
出る感染症と違い、患者が体調の異変を自覚するまで時間がかかる為だ。
財団法人・結核予防会の青木正和会長によると、エックス線検査で、かなり病状が進んでいると診断する症例でも、
本人はそれほど自覚症状がない、とのケースもあるといい、その間に二次感染を起こしてしまう。
結核の場合、発症者1人につき感染者6人という計算式があるほどだ。
集団感染は、学校や職場での発生が多いが、院内感染対策に注意しているはずの医療機関でも、集団感染に
なりかねない“ニアミス”や、起きたケースが少なくない。
例えば、4月の埼玉のケースでは、患者の準看護師は咳の症状が出てからも数ヶ月にわたって勤務を続けており、
周囲も気づくのが遅れた。
厚労省の結核対策担当者は「医療界では『長引くせきは結核の赤信号』というのは常識のはず。
医療従事者が発症し、来院患者を危険にさらすことの怖さを真剣に考えてほしい」とはなす。
世界的に見ても、日本は結核対策に関しては「及第」とはいえない。
世界保健機構が2003年にまとめた統計によると、人口十万人あたりの患者発生率は米国5.6人、英国10.1人
だが、日本は低下傾向にあるといっても25.8人。
先進国では最悪で、毎年3万人を超える結核患者が新たに出ている。
政府は今国会に、約半世紀ぶりに結核予防法の改正案を提出している。
内容に @ 乳幼児全員にBCG摂取を行う。 A
療養施設の高齢者や医療関係者など、感染の危険が高い層に
にきめ細かな検診体制をとる - などが盛り込まれており近く成立の見込みだ。
厚労省は今月14日、医療や法律の専門家による「結核医療に関する検討小委員会」を設置し、予防内服や
療養所のあり方など、現在の診療体制の見直しに着手した。
治療薬の効かない多剤耐性結核菌が出現するなど、新たな脅威も生じている。
「結核は克服にほど遠い状況にある」という危機意識を、いかに根付かせるか。
対策の出発点は、やはりそこにある。