H I V 広がる日本 (読売新聞 2003年12月5日) 
  低すぎる危機意識 性教育の充実で予防を
     国連エイズ計画の最新推計によれば、エイズウイルス(H I V) の感染者・患者は、世界で4000万人
     と過去最悪を記録した。日本も人事ではない。  (科学部 安田幸一)
     「悪い知らせだ。H I V は世界的に急速に広がっている」
     先月、世界のエイズ最新動向について厚生労働省で記者会見した同計画ウエラシット・シィティットライ
     開発調整部長は、開口一番、危機感をあらわにした。
     推計では、今年新たに500万人が感染し300万人がエイズで死亡している。これらも過去最悪の数字だ。
     地域的には、成人の約20%が感染しているアフリカ南部が最も深刻だが、中国やインドネシア、ベトナム
     など、従来ほとんど流行がなかった国にまで拡大した。
     事態を重く見た世界保健機構(W H O)は12月1日の世界エイズデーに合わせ、向こう2年間で途上国を
     中心に感染者300万人に治療薬を配るなど過去にない大規模な緊急対策を発表。
     国際社会に55億ドル(約5900億円)の資金協力を呼びかけた。
     エイズ問題は日本も楽観できる状況にない。95年から2002年にかけて新規の感染者は倍増した。
     国内で報告された感染者は5500人だが、本人が感染に気づかない例もあり、実態はその数倍との
     見方もある。
     多くの欧米諸国で、政府や民間団体の強力なリーダーシップによる対策が功を奏し、90年代に感染者が
     頭打ちになったのとは対照的だ。
     国内の感染者は、20〜30代が主体で、全体の6割を占め、15〜24歳の若年層で見ると1割。
     原因のほとんどが性的接触だ。
     京都大大学院の木原正博教授(社会疫学)は、「若い世代を中心に、クラジミアなどの性感染症が4〜5年
     で倍増した。
     クラジミア感染者は H I V 感染の危険度が高く、エイズが流行しやすい状況にある」と懸念する。
     岩本愛吉・東大医科学研究所教授は 「日本はエイズへの関心が低すぎる」 と嘆く。
     国民のH I V 感染率が低く、病気を身近に感じられないことに加え、乱れた性行動がどんな結果を招くか
     という啓発が不十分だったことも、危機意識の低さにつながっているとの見方が多い。
     特に重要なのが若者への性教育だが、意外にも教育現場では抵抗感が根強い。
     先月の日本エイズ学会でも、学校で踏み込んだ性教育を行おうとして「寝た子を起こす必要はない」 と
     校長らから猛反発を受けた実例などが報告された。
     高校3年生の約40%が性体験をする時代。専門家グループの調査では、中学生の80%以上が性行為
     の意味を知っていると答えた。
     性情報はあふれ、ほとんどの児童・生徒は、性に対して既に 「起きている」 状態だ。
     だからこそ「偏った理解ではなく、正確な性知識を提供し、十分に考える時間が必要」と木原雅子京都大
     大学院助教授(社会疫学)は学会で強調した。
     厚生労働省と文部科学省は来年度、性とエイズに関して専門家が学校に出向いたり、生徒にロールプレイ
     形式で考えさせたりする新たな教育プログラムを始める。
     啓蒙が進めば、H I V 感染予防の意識が高まり、感染者・患者への偏見も解消されるはずだ。
     こうした取り組みは更に充実させたい。
     あらゆる団体、個人が協力して活動を広げエイズにとどまらず性感染症全体の予防教育に本腰を入れる
     時期にさしかかっている。

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