骨と骨髄

  体中の細胞に変身できる万能細胞が骨の中にあった!
     骨は生きている。無機質なイメージが強い骨だが、他の組織と同じで、常に古い骨は新しい骨へと置きかわっている。
     古い骨は破骨細胞がかじり取り、骨芽(こつが)細胞が骨の再形成を行う。これは骨の劣化を防ぐために不可欠な働
     きなのである。骨には、体を支えるという役割のほかに、カルシウムの貯蔵という重要な働きもある。
     カルシウムは細胞内の情報伝達をになう、生命にとって欠かせない物質なのだ。
     たとえば、筋肉はカルシウムイオンの濃度の変化によって収縮する。破骨細胞には、骨のカルシウムを血液中に
     放出して生命活動をサポートするという大事な役割もあるのだ。一方、骨の中のやわらかな組織である骨髄は、骨と
     はまったく異なる機能をもつ。骨髄中には様々な血液細胞(赤血球や白血球など)をつりだす「造血幹細胞」や、骨や
     軟骨、脂肪をつくる「間葉系幹細胞」(かんようけいかんさいぼう)が存在する。
     最近の研究によると、これらの骨髄細胞は本来の能力を超えてさまざまな組織細胞へと“変身”できることが分って
     きた。慶應義塾大学医学部の梅澤明弘助教授は「骨髄細胞は、骨格筋や心筋、神経細胞、さらには肝臓や腎臓
     などの細胞にまで分化できることが分かってきました。骨髄細胞は万能性に近い能力を持つといってもいいでしょう」
     と語る。通常の細胞は分化する過程でさまざまな遺伝子がONになり、心臓や肝臓といった臓器、組織に特有の
     機能を持った細胞へと成長する。
     骨髄細胞は脱メチル剤といった特殊な薬剤を使えば、比較的に簡単に遺伝子が“リセット”、つまり再びOFFになり、
     さまざまな細胞へ分化できる能力を持つようになるのだ。受精卵から作り出される胚性幹細胞(はいせいかんさい
     ぼう/ES細胞)があらゆる細胞へ分化できることはよく知られており傷ついた組織の再生といった医療への応用が
     期待されている。しかし、骨髄の細胞にES細胞に匹敵するような分化の能力があることがわかった意義は大きい。
     ES細胞には生命の源である受精卵を使うという倫理上の問題があったが、自分の骨髄から取れる細胞で様々な
     組織の細胞が作れるとすれば、倫理上の問題はクリアされるからだ。近い将来には骨髄細胞を使って、傷ついた
     腎臓や肝臓などの組織を再生するという医療が可能になるかもしれない。
   骨の強靭さはコラーゲンの犠牲のおかげ
     骨は少々の衝撃ではびくともしない強靭な組織である。ビルでたとえると鉄骨に相当するのがタンパク質の
     「コラーゲン線維」、コンクリートにあたるのが「ハイドロキシアパタイト」というカルシウム化合物である。
     ハイドロキシアパタイトだけでは骨は非常にもろくなってしまう。骨の強さの分子的メカニズムはこれまで、
     はっきりと分かっていなかった。しかし2001年、コラーゲン分子の“犠牲的”な結合が骨の強さの要因の一つで
     あるとする興味深い研究結果が報告された。骨が衝撃を受けるとコラーゲン分子の犠牲的結合が切れて作られ、
     エネルギーを分散させ、コラーゲン網全体を守る。犠牲的結合が再形成される段階で、さらに多くて複雑な結合
     が骨の強度がより一層、増すと考えられている。

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